弁護士先生が再訪。お仕事や資格の話を聞く
同伴の時間は、穏やかに流れていた。百年の孤独のグラスが半分ほど減った頃、
博子のスマホが小さく震えた。――弁護士先生からの着信。
画面を伏せたまま一瞬迷って、社長にひとこと断りを入れる。
「すみません、少しだけ」「ええよええよ」メッセージを開くと、短い文が並んでいた。
「今、そっち混んでる?」「もし空いてたら顔出そうかと思って」
博子は、言葉を選んで返信する。「今、お客さまと接客中です」
「あと2時間ほどでお帰りになると思うので、その後でしたら空いてますよ」
数分後、返事が返ってきた。「了解。仕事が21時過ぎまであるから、その後に行くわ」
博子は胸の奥で、ほっと息をついた。ありがたい、と思った。無理をさせていないし、
流れも崩れていない。その後も社長との会話は続き、花見の話、京都の話、仕事の愚痴。
時計が二時間を指す頃、社長は約束通り席を立った。「ほな、今日はこのへんで」
「ありがとうございました」「日曜、ほんま楽しみにしてるで」そう言って帰っていく
背中を見送りながら、博子は深呼吸をする。席が片付けられるのを待っていると、
少しして黒服が声をかけてきた。「博子、次のお客さん、指名で来てはるで」
ほどなくして現れたのは、スーツ姿の弁護士先生だった。仕事帰りらしく、少しだけ
疲れた顔をしている。「お疲れさまです」「お疲れ。間に合ってよかったわ」
席に着くなり、先生は軽く周囲を見渡してから言った。
「今日は派手なことはええからな」「はい」「まずは、黒霧島で」
黒霧島が下ろされる。高い酒じゃない。でも、その頼み方に、博子はこの人らしさを感じた。
「金額よりもな、こうやって時々来させてもらえる関係でおれたらええなって」
「嬉しいです」乾杯のあと、先生はぽつりぽつりと話し始めた。
「ここな、好きやわ、仕事の話は表ではあんまりできへんやろ」
「そうですね」「離婚の話とか、最近多いわ。あと、退職代行な。
あれ、ほんまに増えてる」愚痴というより、吐き出すような口調だった。
「表では言われへんけど、結構しんどい案件も多いんや」
博子は頷きながら聞く。「先生、いつから弁護士になろうと思ったんですか?」
少し間を置いて、先生は笑った。「正直な、そこまでちゃんと考えてへんかった」
「え?」「勉強はそこそこできたし、気づいたらその道に乗ってただけや」
グラスを揺らしながら続ける。「医者になる道もあったかもしれんし、
別の仕事してた可能性もある」「でも、今は?」
「今はな……社交的ちゃう自分でも、飯が食えるって意味では、資格は強いなって思う」
その言葉に、ヒロコは少し身を乗り出した。
「それ、すごくわかります」「ほう?」「私、最近、証券外務員の二種を取りました」
先生は驚いた顔をする。「もう取ったん?」「はい。今はFPの3級を、ちょっとずつ触ってて」
ヒロコは続ける。「キャバ嬢って、だいたい30歳ぐらいが一区切りかなと思ってて」
「それまでに、何か積み上げられたらいいなって」先生は、ふっと笑った。
「現実的やな」「宅建とか、FPの上位とか、行政書士とか司法書士は、今の私には
正直ハードル高いですけど……」言葉を選びながら続ける。「でも、教材とか講座、
最近ほんとに揃ってますよね」「せやな」「スタディングとか、LECとか、
昔よりだいぶ安いし、やりやすい」先生は頷きながら言った。
「金融の話がわかる女の子って、実際、めちゃくちゃ好かれるで」
「そうなんですか?」「特に俺らの周りやと、行政書士とか司法書士やってる女の子がおったら、
仕事の話もできるし、最悪、雇うって選択肢も出てくる」少し考えてから付け足す。
「社労士もええな。あれはリアルに仕事につながる」
ヒロコは素直に頷いた。「勉強になります」「ちょっとずつでええねん」
先生はグラスを置いて言った。「今は、こうやって話の引き出し増やしてる時期やろ」
「はい」「それ、ちゃんと続けたら、キャリアチェンジも見えてくるで」
黒霧島が減り、時間が流れる。気づけば、1セット半が終わろうとしていた。
「今日はこのへんにしとこか」「ありがとうございました」「また、タイミング合う時に来るわ」
そう言って立ち上がる先生を見送りながら、博子は思った。派手さはないけれど、
こういう会話ができる時間こそ、自分の強みだと。
積み上げるしかない。そう改めて思いながら、博子は静かに席を整えた。




