ハイボール五十円に社長達がチャレンジ。味普通や。この生活感の延長が羨ましい。夢ゴリラに移動
ハイボール五十円を頼んで、実際にそれが運ばれてきたところ、
三人はまず見た目をじっと確認した。色も普通。氷もちゃんと入ってる。
レモンはないけど、別にそれはええ。
変に薄い色でもないし、泡立ってるわけでもない。
見たところ、そんなに変でもないよな、というのが第一印象やった。
「……飲んでみよう。」
イキリ社長がそう言って、一口つける。
残りの二人も、それに続く。で、三人とも、ほぼ同時に「ああ」と言う。
ああ、普通やな、の「ああ」である。
「普通のハイボールやな。」
「うん。」
「普通や。」
でも、その“普通”が逆におかしい。だって五十円や。
普通の味のもんを五十円で出してきてる時点で、だいぶおかしいのである。
「でも普通のハイボール五十円で出すって、やばいな。」
イキリ社長が、グラスを見ながら言う。
「どんだけ安くても、俺は二百九十円以下は見たことないぞ。」
「わかる。」
「三百円切ったら安いな、ぐらいやのに。」
そんな話をしながら、ちょいちょいつまみも頼んでみる。
枝豆。ポテサラ。揚げもん一個。
その辺を適当に投げても、やっぱり安い。
しかも別に食えへんわけやない。ちゃんと普通に食える。
「だから、本当にリーズナブルというか。」
「チープな感じでちょこちょこやると、これ毎日やってても全然金減らへんな。」
「それやばいな。」
三人とも笑う。でも、その笑いの中に、ちょっとした羨ましさみたいなものも混じっている。
こういう店が近所にあって、日々の延長でふらっと寄れる人間関係があるんやったら、
それはそれで結構豊かやな、という感覚や。
「でもこれをやろうと思ったら。」
幹事社長が、ハイボールを置きながら言う。
「やっぱウェットな関係というか。」
「うん。」
「日々一緒に飲めるやつがおらんと、やっぱ辛いな。」
「それはあるかもな。」
東京の社長たち三人にとって、遊びはどうしても“予約して、行って、
きっちり使う”ものになりがちや。それに比べると、この五十円ハイボールの世界は、
もっと生活の延長にある。だからこそ、日常の誰かが要る。
それが東京と大阪の違いでもあるんやろな、と三人ともなんとなく感じていた。
「でも、こんな安かったら多分飲むで。」
「そら飲むわ。」
「東京とは違うなあ。」
「ていうか。」
別の社長が、店の中を見回しながら言う。
「この地下空間が、ちょっとええような気がするな。」
「地下空間。」
「狭いし、雑やし、でもその雑さごと成立してる感じ。」
「なるほどな。」
そんなふうに感心しながら、ハイボールとつまみを片付けて、三人は店を出る。
次は夢ゴリラや。
ヒロコが“最後はここで締めてもいい”と言ってた店。
そこがどういう感じか、自分たちの目で見たい。
その気持ちも、もうちゃんとできていた。
で、夢ゴリラに昼過ぎぐらいに着いたら、もう列ができ始めていた。
やっぱり人気なんやな、と三人とも少し急ぐ。
慌てて最後尾につきながらも、視線は店構えをあちこち見ている。
「あれ、真ん中はあれやないの?」
「何が?」
「なんかビールケースの上にベニヤ板乗せてるやないの。」
「ほんまや。」
「安そうなんやけど。」
「まだわからへんな。まだちょっとドキドキするなあ。」
さしすとはまた違う。こっちはこっちで雑さがある。
でも、その雑さが安っぽいかというと、そうでもない。
むしろ、“あえてこうしてるんかな”みたいな感じすらある。
その辺のバランスが、まだ列の外からではわからへん。
だから、少しだけ緊張しながら並ぶ。
「いやでもこれ。」
「ヒロコちゃん、よう知ってるよな。」
「ほんまやな。」
「何本引き出しあんねん。」
列が進んで、店の中に入る。店内の空気は、思ってたよりだいぶいい。
ガヤガヤしてるけど、荒れてるわけではない。
若いのもおるし、年配もおるし、観光っぽいのもおるし、地元っぽいのもおる。
なんとなく混ざってる。
京都の“ちょうどいい雑多さ”みたいなのがここにもある。
「とりあえずビール。」
「生にする?」
「いや、瓶にしとこうか。」
「それがええな。」
サーバーの調子まで読みに行く感じが、さっきの店を経てちょっとだけ身についてるのがおかしい。
瓶ビールを頼んで、あとは海鮮の刺身のプチ盛り合わせを頼む。
三人で分けるにはちょうどいいぐらいの量感やろうな、という読みである。
しばらくして、瓶ビールがまず来る。
店の空気もあってか、妙にその瓶の見た目がうまそうに見える。
三人で雑に注ぎ合って、「お疲れ」と軽く合わせる。
東京で飲む瓶ビールと味が違うわけやない。
でも、ここまでの流れが違うから、なんか違って感じる。
それが、今日の一番おもろいところかもしれん。
で、刺身のプチ盛り合わせが来る。
三種がちょん、ちょん、ちょんと、一つのお皿に綺麗に揃っている。
量は多すぎへん。でも少なすぎるわけでもない。
見た目もちゃんとしてる。
「いや、結構見た目もええし。」
「安いなあ。」
「うん。」
「これ、ええやん。」
三人とも、そこでちょっとだけ嬉しくなる。
雑な店かと思ったら、ちゃんと抑えるところは抑えてる。
その感じが、やっぱりええ。
瓶ビールをひと口飲んでから、三人はそれぞれ刺身に箸を伸ばす。
ここからまた、この地下迷宮の“続きを飲む”時間が始まる。




