表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/99

清掃会社社長と博子の語らい。将来何になりたいんや

約束通りだった。席に着いてひと息ついたところで、社長がメニューを指して言う。

「ほな、あれ行こか。この前言うてたやつ」黒服が確認する前に、社長はもう決めていた。

「百年の孤独、一番ええやつで」値段は五万円。焼酎としては決して安くない。

けれど、ここでは“見せるため”の酒じゃない。長く飲むための一本、という頼み方だった。

ボトルが運ばれてきて、氷と水が整えられる。最初の一杯は、少し薄めに。

「乾杯やな」「ありがとうございます」 グラスが軽く触れ合う音は、静かだった。

 その日は派手な話は一切なかった。むしろ、社長の口から出てくるのは、

溜め込んでいたものだった。「最近な、仕事は回ってるんやけど……

 正直、気ぃ使うことの方が増えてきてな」部下の話、取引先との距離感、

 家庭での空気の変化。「家でもな、別に喧嘩してるわけちゃうねんけど、

 なんとなく話すこと減ってきて」博子は、相槌を打ちながら聞く。

「そういう時期ってありますよね」「あるな。若い頃は仕事仕事で、

 それで許されてたけどな」焼酎を一口含んで、社長は続ける。

「今はな、誰かに愚痴言える時間があるだけで、だいぶ楽になるわ」

 ヒロコは、無理に励まさない。ただ、話を切らさないように、静かに返す。

「それやったら、ここではいっぱい喋ってください」少し笑って。

「私、聞くのは得意なんで」社長は、その言葉に少しだけ肩の力を抜いた。

 話題は自然と花見の話に移る。「日曜な、ほんま楽しみやわ」

「私もです」「待ち合わせ、どうする?」「大阪駅にしましょ。

 そこから新快速で京都出て、東山の方に行くのが一番楽です」

 社長は頷く。「哲学の道やな」「はい。人多いですけど、

 道外れると静かなところもありますよ」そこでヒロコは、少しだけ間を置いて言う。

「実は……哲学の道の近くに、隠れ家的な紅茶屋さんがあるんです」「ほう」

「観光客あんまり来なくて、古い家を改装した感じで」

 社長は、楽しそうに目を細める。「また、渋いとこ見つけてくるな」

「たまたまです」「それ、めっちゃええやん。楽しみにしとくわ」

 焼酎が少し減った頃、社長はふと話題を変えた。

「博子は、将来何したいん?」真正面からの質問だった。

 博子は少し考えてから答える。「最近、証券外務員二種を取りました」

「ほう、もう取ったんか」「はい。で、今はFPの3級を、ちょっとずつ勉強し始めてます」

 社長は驚いた顔をする。「本気やな」「仕事柄、金融関係のお客さんが多いのと……

 淀屋橋とか北浜のサラリーマンの方が多いので」言葉を選びながら続ける。

「お金の話、全くわからへんよりは、多少でも知ってた方がいいかなって」

「話の幅も広がるしな」「はい。それに、自分の将来考える上でも、

知識あった方が安心かなと」社長は、グラスを置いて言った。「そういうとこやな」

「え?」「博子のすごいとこ」一拍置いて。「派手なことせんでも、ちゃんと

自分で考えて動いてるやろ」その言葉は、軽くなかった。「頑張ってるのが見えるんがええわ」

博子は少し照れながら答える。「ありがとうございます。まだ全然途中ですけど」

「途中でもな、動いてるやつはちゃんと結果出る」焼酎をもう一口。

「日曜の花見もな、ただの遊びやなくて、こういう話できる時間やと思ってる」

「嬉しいです」時計を見ると、もう二時間近く経っていた。「そろそろ帰ろか」

「はい」百年の孤独は、まだ半分以上残っている。「これは、また次やな」

 社長はそう言って立ち上がった。「日曜、ほんま楽しみにしてるから」

「私もです。紅茶屋さん、空いてるといいですね」「それも含めてやな」

 そう言って笑い、社長は店を後にした。博子は、残ったボトルを見つめながら思う。

 派手じゃなくていい。こうやって、時間を重ねていく関係が、自分には一番合っている。

 日曜日の京都を思い浮かべながら、博子は静かに席を立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ