九百八十円の三種呑み比べが全員の前にそろう。十四代、而今。申し分ない味。最後の一種は自由に頼んだことで会話が広がる
三種のお酒の盛り合わせが来ると、先週同様やけども、
来たで来たでと、イキリ社長はもう見るからにテンションが上がった。
器が並んだ瞬間のあの顔は、ほんまに子どもみたいやなと博子は思う。
でも、それぐらい素直に喜んでくれるから、こっちとしても連れてきた甲斐がある。
「これをね。」
イキリ社長が、思わず前のめりになりながら言う。
「俺の遊んでる仲間に見せたかったと。」
横の社長も、すぐに頷く。
「来たな。これが話に聞いたやつか。」
もう一人も、器を覗き込みながら笑う。
「いや、見た目の時点でテンション上がるな。」
博子は、その様子を見ながら少しだけ笑う。
外卓になったことも、もう完全にプラスに転じていた。
夕方の風の中で、こうして冷酒の器を囲んでる絵が、もうそれだけでちょっとええ感じやった。
「じゃ、とりあえずいただきますして。」
イキリ社長が言う。
「十秒ぐらい黙ってから飲むか。」
「なんで十秒黙るんですか。」
博子がすぐにつっこむと、みんな笑う。
「なんか給食みたいですね。」
その言葉でまたちょっと空気がほぐれて、六人で顔を見合わせて「いただきます」をする。
ちょっと間抜けで、でもそれが妙に可笑しい。
そんな笑いの余韻を残したまま、まずは十四代をいただく。
一口含んだ瞬間、イキリ社長が目を細めた。
「あー。」
それだけで、もうわかる。これは刺さったな、という顔や。
喉ごし。口の中に含んだ感じの丸み。また次に呑みたくなる要因を味わえる、最後のまとまり方。
どれを取っても、やっぱり十四代の純米大吟醸は強い。
東京の社長たち三人も、そこはさすがに素直やった。
「そやな。」
一人がしみじみ言う。
「こんなん、表示ラベルに嘘とかつかへんしな。」
「いやいや、これはめちゃめちゃうまい。」
「これは、やっぱり来る価値あるな。」
博子は、その反応にうれしくなって、少しだけ店側の情報も足す。
「だって、これボトルキープされてる方いますからね。」
「マジか!」
「いや、でもわかる。」
「したくなるよな。そもそもプレミアやし。」
「こんなん、あれやな。」
幹事社長が、器を見ながら笑う。
「ほんまに貸し切りで宴会とかした時に、こんなんやったらバカみたいに飲むよな。」
「そらそうですよ。」
「危ない危ない。」
そんなことを言いながら、次の酒の而今へ向かう。
十四代とはまた違う。
流れとしては起承転結しっかりしてるけども、こっちはこっちでちょっと酸味がかった感じがいい。
輪郭の立ち方が違う。みんな、それぞれ口にして、少しずつ感想を漏らす。
「これはまた違うな。」
「十四代とは方向ちゃうけど、これはこれでええ。」
「こっちの方が好きな人もおるやろな。」
日本酒のええところは、こういう“違い”がちゃんと話になることやなと博子は思う。
ワインほど気取りすぎず、でもちゃんと比べる楽しさがある。
その空気が、この六人にはわりとちょうどよかった。
で、最後の一品は、みんなそれぞれ違うものを頼んでたものを呑む流れになる。
栄光富士であったり、写楽であったり、鍋島、飛露喜、その辺の有名どころも揃ってるから、
その辺は思い思いにみんなで頼んで、その辺りの話を少しずつする。
酒の話ができるというほど全員が詳しいわけではない。
でも、“うまいかどうか”と“なんか好きかどうか”ぐらいは言える。それがまた楽しい。
さきちゃんもアルカちゃんも、そんなにお酒が強いわけじゃないし、日本酒が得意なわけでもない。
でも、前の十四代、而今を飲んでから、美味しい酒がどういうものかっていうのが、
ちょっとわかった気がすると言う。
「そうやろ。」
博子は、そこにすぐ乗る。
「日本酒の入り口として、ほんまにチェーン店の安酒で諦めてしまうのはマジでもったいないから。
こういう引き出し、マジ大事にした方がいいで。」
アルカちゃんが、ちょっと笑いながら頷く。
「ありがたく頂戴しときます。」
さきちゃんも続ける。
「どういうの飲んだらいいかっていうの、私はようわからんけども。」
「うん。」
「でも、鉄板コースでタキモト連れてってもらった時に、いろんなお酒も
紹介してもらったから。私も少しずつですけど、勉強してるんですよ。」
その話を聞いた瞬間、社長側がすぐ食いつく。
「何や。」
「まだ連れてってくれてないコース、まだあるんか。」
博子は、そこでわざとちょっと困った顔をする。
「たくさんありますよ。そんなこと言い出したら、あるにはあるんですよ。」
「うわ、出た。」
「もうまたみんな、博子ちゃんと遊びたい、みたいになって。」
さきちゃんが、そこで少し口を尖らせる。
「私たち、拗ねちゃうじゃないですか。」
アルカちゃんも、すぐに便乗する。
「そうですよ。また博子ちゃんだけ、みたいになると困るんですから。」
三人の社長はそこで「ああ、ごめんごめん」と笑う。
イキリ社長が、すぐにフォローを入れる。
「そんなことないんやで。」
「ほんまですか。」
「このチームで遊ぶのも、結構楽しいんやから。」
その一言は、やっぱりありがたかった。
さきちゃんとアルカちゃんの顔が、そこで少しゆるむ。
博子も、場がちゃんとそっちに戻ったのを見て、内心ちょっとほっとする。
こういう小さいところの積み重ねが、結局次に響く。
そうやって、日本酒に舌鼓を打つ六人やった。
東京のおっさん社長三人は、ただ高い酒を飲んでるんやなくて、
ちゃんと“楽しい酒の時間”を飲んでいた。
さきちゃんとアルカちゃんは、博子の引き出しにまた一つ触れながらも、自分たちがこの場の
一員としてちゃんと歓迎されてるのを感じていた。
博子は博子で、その全部を横目で見ながら、ああ、こういう場がちゃんと回ると
気持ちええなと思っていた。
夏の夕方の外卓、冷酒、笑い声、ちょっとした嫉妬と、それをやわらげるフォロー。
全部ひっくるめて、この六人卓は、かなりいい滑り出しになっていた。




