清水五条の店につく。席のトラブルがあるも適当に切り抜ける博子。九百八十円三種呑み比べセットが待ち遠しい
清水五条の店前にてー
うちの店の中で六人卓ちょっと作れなくて、外になっちゃうんですけど、すいません――と、
店主が少し申し訳なさそうに謝ってくる。
博子はその瞬間、あ、しまったかな、と一瞬だけ思った。
六人で来る流れは押さえていたけれど、この店の中の席数と導線までは、
頭の中でちゃんと組んでいたつもりやったが、最後の最後で抜けたな、という感覚になった。
でも、その空気が重くなるより先に、イキリ社長がすぐに取りなしてくれた。
「まあまあ、ええでええで。」
「すいません、本当に。」
「いや、メインはあれやから。飲めるのがまず目的やから。」
そう言って笑ってくれたので、博子はちょっとほっとした。
ああ、助かったな、と思う。
失敗したかなとは思ったけれど、確かにこの狭い店では六人無理やったな、
というのも事実やった。そこで妙に店主を責めたり、流れを止めたりせずに、
さらっと受け流してくれたのがありがたかった。
結果的に、お店の方が気を利かせて卓を外に作ってくれていた。
それがまた、思ったより悪くない。
夏の夕方。まだ少し暑いけれど、日が傾いてきて、空気の端にうっすら涼しさが混じってる。
そこへ冷酒が来る。なんか、これはこれでオツやな、と博子はのんびり考える余裕すらあった。
「博子ちゃん、全然トラブっても焦らへんやん。」
社長の一人が、面白そうにそう言う。
博子は、少し肩をすくめた。
「いやいやいや。」
「でも、今のあれ、普通ちょっと焦るやろ。」
「まあ、焦りはしましたよ。」
「してへん顔してたで。」
博子は、少し笑いながら、さらっと言う。
「でもこの感じも、夕方やったら意外と冷酒が美味しくなるようになるんちゃうかなと思ってて。」
「もうそこまで考えてんのか。」
すぐにそう返される。
博子は、そこでわざと軽く手を振った。
「考えてるわけないでしょ。今、適当に言うただけです。」
その返しで、みんなが笑う。さきちゃんも、アルカちゃんも笑う。
場がすっと軽くなる。
博子としては、こういう小さいトラブルを小さいまま終わらせるのが一番やと思ってる。
大きな失敗みたいに扱わんこと。その感覚が、最近はだいぶ身についてきた。
「とりあえず、アテも先に頼んどかんとね。」
博子がそう言うと、もう社長たちも完全に“お任せでお願いします”の顔をしている。
鶏の唐揚げ、だし巻き、茄子の煮びたし。
その辺を、ちょこちょこちょこっと頼みながら、みんなで三種呑みをする流れで話がまとまる。
「で、どうする?」
「まあ、とりあえず十四代は入れて。」
「而今も入れとく?」
「而今も入れとこ。」
「残り一つは、ちょっとまだ考えようや。」
そんなふうに話して、とりあえず「じゃあその三種でお願いします」と店員さんに伝えると、
向こうもいそいそと後ろで準備をし始める。
その“これから何が来るんやろう”という時間が、もうすでに楽しい。
「いやいや、もうワクワクが止まらんな。」
イキリ社長がそう言うと、横の二人の社長も素直に頷く。
博子は、その反応を見ながら少しだけ笑った。
「ここ結構ご飯も美味しくて、しかもリーズナブルなんですよ。」
「え、そんな秘密基地みたいなん教えてくれるんか。」
「内緒ですよ。」
そう言ってまたみんなで盛り上がる。
東京のおっさん社長達三人にとっては、こういう“秘密基地感”もかなり刺さる。
予約困難な高級店とも違う。映え狙いの店とも違う。
ちゃんと美味しくて、ちゃんと酒が面白くて、でも値段はおかしくない。
そういう店が、いちばん記憶に残ったりする。
博子はそれをわかってるし、社長たちもだんだんわかり始めている。
さきちゃんとアルカちゃんも、その流れの中でちょっと安心した顔をしていた。
さっきまで、“また博子ちゃんの引き出しか”みたいな感じで半分あきれ、半分感心してたけれど、
こうして実際に場が回っていくのを見ると、やっぱりありがたい。
「博子ちゃんの引き出しには脱帽やな。」
社長の一人が、酒が来る前からもうそう言う。
さきちゃんがすぐに笑いながら続ける。
「そうなんですよ。博子ちゃん、すごい持ってくるんですよ。そういうすごいものを。」
アルカちゃんも、少し苦笑いしながら言う。
「私らもハードル上がりますわ。」
その言い方に、社長側も笑う。でもそのあと、イキリ社長がちゃんと二人の方を見て言う。
「いや、多少ちゃうくてもええから。」
「え?」
「みんなそれなりに頑張ってくれたら、俺ら結構嬉しいし。」
その一言に、さきちゃんとアルカちゃんは、少しだけ顔を見合わせる。
幹事社長はそのまま続けた。
「俺らのためになんか考えてくれてる、っていうことが嬉しいのよ、結構。」
そこは、本音やった。
博子ほど引き出しが多いとか、そこまで回せるとか、そういう話ではない。
でも、それぞれが“この人ら喜ぶかな”って考えてくれてる感じがあるだけで、だいぶ違う。
それを言葉にしてもらえるのは、二人にとってかなり大きかった。
「それ聞くと、ちょっとホッとします。」
さきちゃんが素直にそう言うと、アルカちゃんも頷く。
「うん。なんか、博子ちゃんと比べられるんかなと思う時あるから。」
「そんな比較してへんよ。」
幹事社長が、そこで笑いながら言う。
「刺さり方が違うだけやろ。」
博子は、そのやりとりを横で聞きながら、ああ、この言葉はありがたいなと思っていた。
場が回るのも大事。酒が美味しいのも大事。
でも、こうやってチームの空気が少しなめらかになる瞬間があると、
今日のこの六人卓はもう半分成功したようなもんやな、と感じる。
そんな中で、冷えた酒がようやく出てくる。
十四代、而今、あともう一つ。
夕方の暑いと涼しいの間みたいな空気の中で、六人がグラスを持つ。
東京から来たおっさん社長三人と、大阪から京都で迎える女の子三人。
店の外というちょっとしたハプニングすら、もうこの座組の一部みたいになっていて、
博子は心の中で小さく「よし」と思った。




