八月一週目木曜日博子休みの日。ネタを仕込んでお風呂で考え事しながら夕方中之島で弁護士先生と会う
木曜日。博子は休みだったけれども、完全に何もしない日というわけでもなかった。
博子の中では、こういう“表向きはオフ、でも水面下ではちょこちょこ動く日”が
最近増えてきている。金曜日の会計士先生へのアポ取りもあるし、税理士先生の方は
今すぐ何かをするわけではないけれども、そろそろ座組を回す動きがまた始まるかもしれんから、
お伺いというほどでもない軽いジャブぐらいは入れといた方がええかな、という感覚もある。
それとは別に、東京の三人組の社長の方も最近どうしてるかな、というのが少し気にかかる。
女性陣がそれぞれ送ったネタ――酒屋やら下田やら山梨やら――に対して、向こうがどう
反応してるのか。そこも完全に放っておくと火が消える。
だから、「どっか行きましたか?」とか、「お元気ですか?」とか、その程度の
軽い玉は投げておかなあかん。そういう意味で、ヒロコの休みの日は、昔よりだいぶ
“休み切れてない”感じになってきていた。
とはいえ、朝からバタバタ動くほどでもない。
起きて、少し家のことをして、だらだらして、またスマホを見て。
そうこうしてるうちに、なんとなく自分の中で少しモヤっとしたものが浮いてくる。
土日でいろいろ回しているがゆえに、おじいちゃんや弁護士先生に対して、
なんとなく“業務報告”みたいな空気になってる気がするのだ。
こないだ東京の社長がこうで、銀座でこうで、奨学金の話がこう動いて、というのを話してると、
それはそれで面白がってはもらえる。
でも、なんかちょっと、自分でも「あれ、私、東京案件の報告係みたいになってへんか」と
思う瞬間がある。そこが若干モヤっとする。
特に、外向きにはいろいろ動いてる。
社長を回して、女の子たちと温度を合わせて、制度の玉まで投げて。
でも、自分の中の俯瞰した接客という意味では、ちょっと東京に寄りすぎてるかな、
という感覚もあった。足場固めなあかん。
でも、だからといって外遊びを増やせばいいのかというと、まだそれも違う。
今の流れを止めたら、せっかく開きかけてる扉がまた閉じる気もする。
じゃあどうする。どのぐらいの塩梅でやる。
その辺のやり方を迷いながら、ヒロコは昼間、お風呂にゆっくり浸かる。
湯気の中でぼんやり考えても、答えはすぐには出てこない。
でも、こうやってモヤっとしてること自体は、たぶん悪くないんやろうなとも思う。
モヤっとせんくなったら、逆に雑になる。
風呂から上がって、夕方。
なんとなく家の中にいるのも煮詰まる気がして、中之島あたりを散歩することにした。
中之島公園のあたりは、博子にとってちょうどいい。
人はいるけど騒がしすぎず、都会の中に少しだけ抜けがある。
川沿いを歩いていると、木曜の夕方の空気が少し柔らかい。
そんな中を歩きながら、ふと弁護士先生のことを思い出す。
そういえば、今日は先生、仕事中やろうけど、中休みみたいな時間あったりせんかな、と。
店で会うのとは別に、こういう“ただお茶するだけ”の時間を一回差し込むのも、悪くない気がした。
博子は立ち止まって、スマホを取り出す。
一本だけ、軽くメールしてみようかなと思う。
内容は、重くない方がいい。
ただ散歩してて、もし時間あれば、ぐらいの感じ。
そういう距離感で投げてみる。
送ってしばらくすると、思ったより早く返事が来た。
「どうしたんですか?」
ヒロコは、それを見てちょっと笑う。
先生らしい。まっすぐで、でも少しだけ心配もしてる感じの返しや。
だからこそ、こっちも変に構えずに返せる。
「中之島公園を散歩してるんですけども。
ペットボトルのお茶かコーヒーぐらいしか持ってきてないですけども、軽くお茶でもどうですか?」
そんな感じで送る。本当に軽い誘いや。
来れたらラッキー、来れなかったらまた今度。
そういう温度。でも、先生はそういう“軽い温度”を案外ちゃんと拾ってくれる人やった。
返ってきたのは、割とすぐやった。
「いいですね。ちょろっと中休みで抜けます。」
博子は、その返事を見て少しだけ笑う。
ああ、先生ほんまに来るんやなと。
店の中で話すのとも、同伴でご飯行くのとも違う。
ただ中之島で、ペットボトルのお茶かコーヒーで、軽くおしゃべりする。
そういう時間が、今の博子にはちょうどよかった。
東京の社長たちの話も、制度の話も、座組の話も、もちろんどこかにはある。
でも、今日はそれを“案件”としてじゃなく、ただ散歩の延長で話せたらええ。
そう思いながら、博子は公園のベンチの方へゆっくり歩いていった。




