八月一週目水曜日。おじいちゃんと同伴の日。酒蔵がよかった。結局泣きついてきた社長どうなってん?
水曜日。おじいちゃんとの同伴の日である。
博子は、魚のかま焼きと天ぷらのうまい店を押さえて、おじいちゃんを出迎える。
店に入って席につくなり、おじいちゃんは、博子の顔を見てまずひとこと言った。
「今日は安定しとるな。」
博子が笑う。
「何ですか、その評価。」
「いや、なんかこう、迷いがない感じがする。」
「まあ、今日は魚のかまと天ぷらって決めてたんで。」
「それがええんや。」
そんなことを言いながら、いつものごとく話が始まる。
おじいちゃんは、店の空気にもすっかり慣れていて、上着を少し緩めながら、
先に出てきたお通しをつついている。しばらくして魚のかま焼きが来ると、
箸で器用にほじりながら、しみじみと言った。
「結局、酒蔵が良かったわ。」
博子は、その話が来ると思っていたみたいにすぐ笑う。
「でしょ。」
「あれは良かった。」
「うん。」
「しみじみ良かった。」
おじいちゃんは、かまの身を丁寧にほぐしながら、ほんまに噛みしめるように言う。
博子も、その様子を見ながら、少しうれしそうに頷く。
「ああいう日、ちょこちょこ作れたらいいね。」
「そうやな。」
「まだなんか、行きたいところとか、飯食いたいところがあったら探しとくわ。」
「頼むわ。」
「任してください。」
そんなふうに軽く今後の話をしたあとで、おじいちゃんがふと思い出したように聞く。
「で、結局、水曜に泣きついてきた社長さんはどうなったんや。」
博子は、そこでちょっとだけ肩をすくめた。
「結構きれいにハマりましたよ。」
「ほう。」
「土曜日に、三種九百八十円でプレミア日本酒飲めるところで同伴して。」
「うん。」
「京都で拾って、そのまま大阪連れてきて接待して。」
おじいちゃんは、天ぷらをひとつつまみながら、にやにやしている。
博子は、その反応を見ながら続ける。
「で、話を聞きついでに、奨学金肩代わりの話をして。詳細に見積もり出した紙も渡して。」
「おお。」
「次の日は、おじいちゃんと行った小籠包の店に行って。」
「うんうん。」
「最後、グラングリーンでちょっとぼーっとして返す、っていう形でやったんです。」
そこまで聞いて、おじいちゃんは「ほーん」と言いながら、今度は天ぷらをむさぼるように食う。
白身の魚を一口、海老を一口。その合間に話を挟む感じが、なんともおじいちゃんらしい。
「で、結果的にどうなったんや。」
博子は、そこが本題やと言わんばかりに少し身を乗り出す。
「月曜、火曜でその社長さんが動いて。」
「うん。」
「向こうで、お茶会を開いて。まず若手とちょっと話して、奨学金返済肩代わりの話をしたら、
結構受けたらしいんですよ。」
おじいちゃんの箸が一瞬止まる。
「ほう。」
「で、火曜日にはもう決裁出して。」
「早いな。」
「で、制度やりますって告知して。若手の子たちに喜ばれたっていう話を、
喜んで昨日電話してきたわ。」
そこまで言うと、おじいちゃんは、口に入ってた天ぷらを飲み込んでから、ふっと笑った。
「なるほどな。」
「うん。」
「なんかもう、あれやな。」
「濃い、土日過ごして、博子に惑わされて、月火でそんなことしてしまったんか。」
博子が吹き出す。
「惑わしてないですよ。」
「いや、惑わしとる。」
「ひどい。」
「でも、喜んでたんやったら良かったやん。」
「それはほんまにそう。」
おじいちゃんは、そこでまた魚のかまをほじる。
骨の間から身をきれいに取っていく手つきが妙にうまい。
博子は、その横顔を見ながらちょっと笑う。
「てか、お前。」
おじいちゃんが、身をつまんだまま言う。
「コンサル力えぐいな。」
「またそれ言う。」
「いや、でもそうやろ。」
「別にコンサルっていうほどじゃないですよ。」
「いやいや。」
おじいちゃんは、そこで少し真面目な顔になる。
「土日に酒飲まして、遊ばして、それで気分ようさせて。しかもその流れで、
会社で使える話まで入れて。で、月火で実際に会社が動くって、なかなかないで。」
博子は、少しだけ照れたように笑う。
「まあ、たまたまハマったんじゃないですかね。」
「たまたまちゃうわ。」
「でも、向こうが動いてくれたからですよ。」
「それはそうや。でも、その動くきっかけを作ったんは、お前やろ。」
博子は、その言葉を聞いて、ちょっとだけ視線を落とす。
うれしいのはうれしい。でも、そうやって真正面から言われると、少しこそばゆい。
「なんか、こういうの。」
博子が、天つゆに軽く箸をつけながら言う。
「お金ももちろんありがたいんですけど。」
「うん。」
「やっぱ実際に動いたっていうのが、おもろいんですよね。」
おじいちゃんは、そこを聞いて頷く。
「わかるわ。」
「思いつきで言って、紙にして、で、向こうが面白がって動いてくれて。
若い子が喜んでるって言われたら、なんかそれだけで結構満足感あるというか。」
「お前、ほんまそっち好きやな。」
「好きですね。」
「変わっとるわ。」
二人で笑う。でもその笑いは、いつもの軽口みたいな笑いだけやなくて、ちょっと
本音の混じったやわらかい笑いやった。
おじいちゃんは、また天ぷらをひと口食べてから言う。
「まあ、でも、ええことやないか。」
「うん。」
「土日来て、遊んで、気分ようなって、会社でええことして。それで若いのが喜ぶんやったら、
誰も損してへん。」
「たしかに。」
「博子は、そうやってなんか人を変な方向に転がす才能あるんやろな。」
「変な方向って何ですか。」
「ええ方向や、ええ方向。」
「今、絶対変なって言いましたやん。」
「聞こえんかった聞こえんかった。」
おじいちゃんは、そう言いながら、また天ぷらをむさぼる。
博子も、その様子にあきれながらも笑っている。
魚のかまも、天ぷらも、酒も、会話も、ええ具合に回っていた。
水曜日の同伴としては、かなり落ち着いた、でもちゃんと面白い夜やった。
そしてその中心には、銀座でへこんで大阪に転がってきた社長と、
その社長を月火で会社ごと動かしてしまった博子の、なんとも言えん話が、
ちゃんと座っていた。




