火曜日、東京イキリ社長。役員会で奨学金返済肩代わりの話、決裁を決めてしまう。スピード感大事。職場の部下たちに感謝される
火曜日。東京イキリ社長は、前日のお茶会の余韻を引きずったまま、朝からちょっと機嫌がよかった。
でもその機嫌のよさは、ただの浮かれた感じではない。なんか一個、ちゃんと動かしたい、
という熱に変わっていた。せっかくお茶会をして、若い連中の反応も見た。
「奨学金の肩代わり、めっちゃいいじゃないですか」っていう空気も見えた。
だったら、それを“良かったね”で終わらせたらあかんやろう、と。
思いつきで場を作って、ちょっと空気が温まって、それで終わり。
それでは、ただの気まぐれ社長や。
やるなら、決めるところまで一気にやる。
その方が、下にも伝わる。そういう気分になっていた。
午前中、社長は役員会をさっと開く。
普段ならもう少し根回しだの、部門ごとの温度感だの、資料の精査だの、やることは多い。
でも今回は違った。とにかくまず、奨学金返済の肩代わりの制度をやる、という
意思決定を先に置きたかった。
「もうこれ、決めちゃおうか。」
社長がそう言うと、役員の何人かが少し目を見合わせる。
早いな、という顔や。でも社長は、その反応を見た上で続ける。
「お茶会して反応良かったから、もうこれさっと決めちゃおうと。うち千人ぐらいいるから、
もちろんもうちょっと詳細な見積もりは必要やで。でも、千人おる中で、実際にどれぐらいが
対象になるかも含めて、これ多分ありやで。そんな悪くないで。」
役員の一人が、少し慎重な口調で言う。
「最近、たしかに増えてはいますね。」
「そうやろ。」
社長は、そこにすぐ乗る。
「最近結構流行ってるみたいやから。だったら、うちもさくっと決めてもらおうと。」
そこで、別の役員が「実運用までは少しかかりますよね」と言う。社長は頷く。
「それはわかってる。手続きとか、実際の運用とかは三ヶ月ぐらいかかるんやろ。
でも、そこは別にええねん。」
一瞬、会議室が静かになる。社長は、その静けさをそのまま使うみたいに、少し低い声で言った。
「思いつきで言って、ちょっと話して、“良かったね”で終わらすんじゃなくて。これはまず
決めてやる、っていうことをする。それがリーダーシップの問題やから。」
役員たちの顔が少し引き締まる。社長は、そのまま言葉を足した。
「ただのお茶会で、なあなあになってるんじゃなくて。実際に動いてるっていう姿を、
下の者に見せた方がええ。だからこれは、もう肝入りでさくっと決めよう。」
その言い方には、妙な勢いがあった。でも、その勢いは空回りしていない。
前日に現場の反応を見た。若い連中が喜ぶのも見えた。
しかも、奨学金の返済っていうのは、給与アップみたいなぼんやりした話やなくて、
かなり直接的に効く。そのあたりを、社長はすでに頭の中で整理していた。
結局、その場で大枠は決まる。奨学金返済肩代わりの制度を導入する。
実運用は数ヶ月後。ただし、今日のうちに「やる」ということは打ち出す。
対象者の把握はすぐに始める。
どれぐらいの人数が奨学金を借りているのか。
どの属性に多いのか。その辺は人事に吸い上げさせる。
でも、まず社長の名前で「うちはこれをやる」と出す。
そこが一番大事やった。
会議が終わる頃には、社長の中でもかなり腹が決まっていた。
あとはスピードや。
午後には、人事と総務の担当を呼んで、対象者の申告フローを簡単に作らせる。
「実際の支給開始は準備が整ってからになりますが、奨学金を借りている方は人事に申告してください」という形にまとめる。細かい制度設計は後で詰める。
でも、今日のうちに出す。それが今回の肝や。
で、その日の夕方。社長名義で、一斉メールが飛ぶ。
内容はシンプルや。
――当社は、奨学金返済支援制度の導入を進めます。
詳細な運用開始時期は別途案内しますが、対象となる可能性のある方は、
人事まで申告してください。若手社員の生活基盤の安定と、安心して働ける環境づくりの
一環として実施します。
そんな内容やった。派手な文面ではない。
でも、やることは伝わる。しかも、社長の名前で出した。
そこが効いた。
メールが出たあと、社内の空気が少し変わる。廊下ですれ違う若手が、ちらっと社長を見る。
いつもなら会釈だけで終わるところで、今日はちょっと足を止めて「ありがとうございます」と
言ってくるやつがいる。一人、二人やない。
何人かが、言うたら帰りしなにわざわざ声をかけてくる。
「社長、ありがとうございます。」
「助かります。」
「うち、奨学金地味に苦労してるんで、めっちゃいい制度やと思います。」
そんな声を聞くたびに、社長は内心かなりご満悦やった。
もちろん顔には出しすぎない。
でも、昨日お茶会をして、今日決めて、夕方には打ち出した。
このスピード感が、ちゃんと効いている。
若い連中の空気も、昨日とは少し違う。
「社長、また変なこと言い出したな」ではなく、「本当に動いたな」に変わっている。
そこがよかった。
「やっぱこれ、早くやって良かったな。」
帰り際、そう思う。思いつきで終わらせなかった。
ちゃんと決めた。ちゃんと出した。
そのこと自体が、今日は気持ちよかった。
そしてその気持ちよさのどこかに、土日に博子に当てられた感覚がまだ残っているのも、
社長自身うっすら分かっていた。
銀座でへこんで、大阪京都で立て直されて、会社に戻って、ひとつ制度を動かす。
なんやこの流れ、と自分でも少し笑いたくなる。
でも、その妙な勢いが、今日は確実にいい方向に出ていた。




