東京イキリ社長、奨学金肩代わりの話、お茶会でウケたからやろうかとなり案件を進める
「まあ、せっかくこんな空気になったんやから、もうささっとやってしまおうか。」
お茶会のあと、社長がそう言った時、部下の方が一瞬「え、もうですか?」みたいな顔をした。
さっきまで、ざっくばらんに話して、若手の反応を見て、なるほどこういう空気に
なるんやなと確かめていた流れやったのに、もう次の一手に行くんか、と。
でも社長の顔は、わりと本気やった。
「即断即決すか?」
部下が半分笑いながら聞くと、社長は椅子に浅く座ったまま、指で机をとんとん叩いて言う。
「だって、あれやで。これ見たのと、部下から数字聞いた感じはさ、まあ、すごい良かったわけよ。」
「まあ、そうですね。」
「で、結局のところ、借りてる子らにも可処分所得はかかれへんから、社会保険料かからんのよね
って話も、なんとなく知ってると。」
「聞いた感じではそうですね。」
「知ってるっていうか、聞いたと。で、まあ問題は、手続きとかで三か月ぐらいはかかる
みたいやけども。」
そこで社長は少し手を振る。
「でも、その手続きのことは一回置いといて。“やる”っていうことを明確に打ち出したら、
どれぐらい人が来るかなっていうのと。」
部下も、そこからは真面目な顔で聞き始める。社長はさらに言葉を足す。
「リファラルでも、その奨学金の肩代わりとかやってあげるって話したら、
第二新卒とかにも響くかな、みたいな。」
「それは響くと思いますよ。」
「やろ?」
「かなり分かりやすいですもん。“うち来たらこれやります”って。」
社長は、その返しに少し満足そうに頷く。
「だから、その辺のところちょっと見繕いながら。でももう、奨学金のやつはやると。」
「もうやる方向で。」
「うん。で、リファラルのやつは、一応打ち出す。まあどれぐらい来るか分からんけども、
やってみようかって。」
部下は「はい」と頷いたあと、少しだけ笑う。
「なんか、社長今日だいぶ早いですね。」
社長も笑う。
「早いよな。」
「早いです。」
「でも、こういうのって、ちょっと熱が入った時にやっとかんと、また元の
“まあそのうちな”に戻るやろ。」
「それはあります。」
「で、またちょっとお茶会とかで経緯説明できたらなと思ってて。なんか面白い話あったら
ちょっと教えてや。」
その言い方に、部下が苦笑いする。
「いや、あるやろって言われても。」
「なんかあるやろ。」
「俺、めっちゃ言いにくいじゃないですか、今、みたいな空気なんですけど。」
社長が吹き出す。
「それはそうやな。」
部下も、そこで少し本音を出す。
「めっちゃ言いにくいし、資料を作るっていうのも、その、現場の仕事以外で
何かするっていうのって結構難しいんで。」
「うん。」
「だから、そういう時にざっくばらんにお話しできたらいいですね、って感じです。」
そうやって一時間が過ぎる。最初はどうなるかと思ったお茶会やったけれど、
終わってみれば、わりと柔らかい空気やった。社長も、なんだかんだで機嫌がいい。
部下と二人で社長室に戻ると、なんとなく笑いながら感想戦みたいなものが始まる。
「いや、なかなか空気良かったな。」
社長がそう言うと、部下もすぐ頷く。
「ほんまですね。もう最初“やる”ってなった時にはどうなるかと思いましたけど、
なかなかのウェルカム感ありましたよね。」
「やっぱ奨学金で、リアルにゼニになることを話したんが良かったかな。」
「そうやと思いますよ。」
部下は、そこでかなりはっきり言う。
「別にうちの会社の給料が安いってわけじゃないですけど、やっぱ若い子たち
結構苦労してますから。その辺のところはダイレクトに効くし、やっぱり“すぐ金になる”
って分かったらみんな動くんじゃないですか。」
社長が「なるほどな」と頷く。
部下は、少し言葉を探しながら続けた。
「なんかこう、“面白い社内レクリエーション考えろよ”みたいなこと言われるより、
よっぽどやる気になりますよ。」
その一言に、社長は思わず笑った。
「まあ、確かにな。」
「だって、最近の若い子たちなんか、おじさんたちと飲みたくないとか、
いろいろあるじゃないですか。」
「あるな。
「その辺の扱いも難しいし、おじさんはおじさんで難しいし。」
「そうやな。」
社長は少し椅子にもたれて、天井を見る。
たしかに、従来型の“交流施策”みたいなもんは、今はもう刺さり方が弱い。
それより、生活に直結する何かの方が、反応が出る。
そのことを、今日の空気でかなりはっきり感じた。
「なんかまた、これも面白いネタあったら考えておくわ。」
社長がそう言うと、部下も頷く。
「それがいいと思います。」
「なんかやっぱり、どうしても効率化、効率化で考えてしまったりとか。」
「はい。」
「従来の考え方でやると、煮詰まるよな。」
部下は、そこで少し真面目な顔になる。
「そうっすね。うちもそうかもしれないですけど、結局、優秀なやつがガチガチガチガチ考えて
作ったものをやり続けた結果、もうなんか息が詰まる思いになってしまって、みたいなところが
あって。手詰まり感あるじゃないですか。」
「ある。」
「だから、やっぱり手詰まりのところを、なんかこう壊すような何か一手っていうのを、
常にやっぱ考えるようなやつも必要やし。」
社長は、その言葉を聞いて小さく笑う。
「俺みたいなやつか。」
「いや、社長みたいに、どっかから空気持ってきて“やる”っていうのも、
多分大事なんだと思うんです。」
「毎度毎度それやられると、会社の中穴だらけになるけどな。」
社長が冗談っぽく言うと、部下も笑う。
「そこはあります。毎回それやられたら、さすがにしんどいです。」
「やろ。」
「でも、やっぱ、ええ塩梅で差し込むと、響くこともあるんですね。」
その言い方に、社長は少し満足そうに頷いた。
「まあ、そうやな。そんな感じするなあ。」
少し間が空いて、社長は机の上の資料を軽く叩いた。
「ほな、これ、役員会にかけてもうとっとと決裁下ろしてしまおうか。」
「奨学金の方、ですか。」
「うん。あれはやろうか。最近増えてるみたいやし。」
部下は「分かりました」と返す。
もう話は決まった。あとは細部を詰めるだけや。
社長の中では、博子に当てられて持って帰ってきた“変な球”が、ちゃんと会社の中で
一つ形になり始めていた。それがちょっと面白くて、社長はまた少し機嫌よく笑った。




