弁護士先生との同伴後半戦。博子の東京イキリ社長とのやりとり。全部を博子が完結させないのがいい。博子の悪い菌が社長に伝播してることを笑う弁護士先生
「あれですよ」と、同伴の後半戦でヒロコはまた話を続けた。
先生は刺身をつまみながら、もう完全に“今日は何が飛び出すんやろう”という顔でこっちを見ている。
博子の方も、その反応がわかってるから、少しだけにやっとしてから言う。
「一応、京都で九百八十円で十四代、而今、新政あたりが飲めますよっていう、悪魔のささやきを
してしまったんですよ。」
先生は、その瞬間にもう吹き出す。
「それは博子さんが悪いですよ。」
「やっぱりそうなります?」
「そらそうでしょう。東京でそんなの飲めませんからね。」
「そうなんですよ。」
「飲めたとしても激高ですし、プレミアついてますし。」
博子は、そこに「でしょう」と何度も頷く。
あの酒の店は、もはや刺し札の一枚や。
でも、その刺し札を刺したのは自分やから、そら悪いと言われたら悪いのかもしれんと、
自分でもちょっと思う。
「で、まあ、それでテンション上げさせて。」
「うん。」
「京都来て、そこ案内して。ご飯も美味しかったんで。しかもリーズナブルだったんで、
結構満足されて。そのまま大阪まで連れてきて。」
先生は、グラスを置いて、しみじみ言う。
「流れがきれいですね。」
「そうなんです。」
博子は、そのまま少し得意げに続ける。
「で、一通り、銀座での出来事とかも話してもらいながら、ほぐしていって。
せっかくやから、前に別の社長さんに話した奨学金肩代わりの話の詳細提案っていうことで、
資料も作っとったんで。」
「ほう。」
「そのイキリ社長にも話してたから、資料も渡して。“よかったら会社の中でかき混ぜて
みてくださいね”みたいなことも言いながら、飲み込んでたんです。」
先生は、そこで軽く額を押さえる。
「博子さん、ほんまにキャバ嬢のやることじゃないな。」
「最近よく言われます。」
「いや、でも面白い。」
博子は、そこでまた流れを先に進める。
「で、その後、やっぱり社長が一人で抜けがけで来てるんで。チームの女の子二人を入れて、
最後はならした、っていうのが土曜日です。」
「なるほど。」
「一人で来た熱をそのまま博子だけに寄せると、また他との温度差が出るんで。」
「その辺をちゃんと処理するんですね。」
「処理しないと、後で空気悪くなるじゃないですか。」
先生は、その返しに笑いながら頷く。
博子の話を聞いていると、夜の席というより、もう小さな組織運営の話みたいになってくる。
それがまたおかしい。「で、日曜日は。」
博子は続ける。
「小籠包の店に梅田で行って。で、最後、コンビニコーヒーでグラングリーンで締める
みたいな感じだったんです。」
「グラングリーン。」
「そうです。やっぱり、大阪の真ん中で、あそこがポカンと開いてる感じが結構効くらしくて。」
先生が、少し考える顔になる。
「ああ、なるほど。」
「都会の真ん中で、ああやって力を抜くって、あんまりできひんらしいんですよ。だから、
“こういうのええな”って言って、最後帰らはりましたわ。」
先生は、そこまで聞いて、少し感心したように笑った。
「それはもう、めちゃめちゃ綺麗に流しますね。」
「綺麗でした?」
「いや、かなり。」
博子は、そこで少し笑いながら肩をすくめる。
「なかなかそれは、キャバ嬢できないみたになんですよ。」
「できないでしょうね。」
「あと、ついでに第一ビルから第四ビル、社長たちで探検してみたらどうですか、
っていう差し込みもしておきました。」
そこまで言うと、先生はさすがに大きく笑った。
「なんか大阪の地元民でも行きにくいところ、ようそんな差し込みますね。」
「いや、探検させるというかね。」
博子は、ここが大事なんです、という顔をする。
「私が全部やってあげると、“博子が面白い”みたいになって、記憶に残らないんですよ。」
先生が少し目を細める。
「ほう。」
「なんかちょっと、自分たちでも動ける余白を残しておかないと、記憶が強くならないでしょって。」
先生は、そこで笑いながら首を振る。
「そこがまた、悪魔のささやきというか、悪いところですね、博子さんの。」
「そうそう。」
博子も、その言い方が気に入ったみたいに笑う。
「あれですよ。ジグソーパズルも、全部作ってもうたら、最終的に完成品買ってるもんですから。」
先生が、そこでさらに笑う。
「言い方。」
「いや、ほんまに。あれは一緒に作るのが楽しいんですよ。」
「なるほどね。」
「だから、そういうところも見ながらね、って感じです。」
先生は、もう完全に面白がって聞いている。
博子の中では、ただ連れ回してるわけやなくて、どこまでやって、どこを残すか、がかなり明確にある。
それを先生は、たぶんちゃんと理解している。
「で、まあ。」
博子は、最後に少し声を落とした。
「いろいろ話したんですけど、結局、今日か明日かに社長はなんかお茶会するとか言って。」
先生が「お茶会」と小さく繰り返す。
「私が別の社長さんがそんなことしてるって話をしたから、ちょっと面白がって。
“ヒロコの変な動きをちょっと真似してみたら、周りがどうやって動くかも楽しみながら
やってみるわ”みたいなこと言ってたんですよ。」
そこまで聞いた瞬間、先生はとうとう爆笑した。
「悪い菌がうつってるじゃないですか。」
博子も、そこで声を立てて笑う。
「そうなんです。私の悪い菌が伝染してるなと思いながら。」
先生は、しばらく笑いながら肩を揺らしていたが、やがて息を整えてこう言った。
「でも、それって結局、博子さんが面白いんですよ。思いつきだけじゃなくて、
思いつきを人が動くところまで持っていってるから。」
博子は、その言葉に少しだけ照れたように笑う。
刺身の皿もだいぶ空いてきて、酒も少し回ってきて、店の空気もやわらかい。
そんな中で、自分の“悪い菌”を先生に笑ってもらえるのは、なんだか悪くなかった。




