八月一週目月曜日。弁護士先生との同伴。土日のことを消化しながら目の前の先生との丁寧な時間を大事にしよう
月曜日。博子は、朝からなんとなく身体を整える日にしようと思っていた。
昨日までの東京イキリ社長との一泊二日の流れは、かなりうまく回ったと思う。
だからといって、そこにばかり頭を持っていかれるのも違う。
東京に力を入れれば入れるほど、目の前の人たちをおろそかにしたら本末転倒やということは、
博子も十分理解している。
だからこそ、今日は一回、朝昼をゆっくり過ごして、身体を戻して、
夜の弁護士先生との同行にきれいに合わせていく日にしようかなと思っていた。
起きてからしばらくは、布団の中でだらだらする。スマホを見たり、見なかったり。
東京イキリ社長が月曜の昼間か夕方ぐらいに、ひょっとしたら何か動いて連絡してくるかもしれへんな、とは思う。お茶会がどうの、奨学金の肩代わりがどうの、リファラルがどうの。
あの辺は一回火がつくと、変に話が転がる。
でも、それを待ってばかりいてもしゃあない。
私は私で、その日やることをやるだけやと、博子は自分に言い聞かせる。
向こうが動いたら拾う。でも、拾うためには、こっちがちゃんと整ってないと意味がない。
昼前になって、ようやくのそのそと起きる。
顔を洗って、軽く何か口に入れて、また少しソファに沈む。
今日の弁護士先生との同行、何の話をしようかな、とぼんやり考える。
先生は、いつも言葉の返しがうまいし、博子のちょっと妙な話も面白がって拾ってくれる。
東京の社長たちの話をしてもいいし、最近の制度コンサルもどきの話をしてもいい。
でも、同じネタを繰り返してもつまらない。
先生には先生で、畑違いの視点から返してもらえるような話題を持っていきたい。
そう思うと、少しずつ頭の中で次のネタの整理が始まる。
それと同時に、福利厚生関係のところも少し触っておこうかなと思う。
ニュースを見たり、最近の制度改正っぽいものをざっと拾ったりしながら、次のネタ、次は就職関係かな、という感触を持つ。
奨学金返済の肩代わりは、一個かなりわかりやすかった。
だったら、その次は、就職したばかりの若手の生活に効く話。
たとえば食事補助月額七千五百円があると、手取り感覚でどれぐらい違うのか。
単純な給与アップと、福利厚生での補助とで、会社負担や社員側の受け取り方がどう違うのか。
そんなシミュレーションも、ちょこっと作っといたら、また別の社長に投げる時の玉になるかもしれん。
白子は、ノートの端っこに雑に数字を書きながら、「まあ、こういうのもネタやな」と思う。
本業はキャバ嬢やのに、やってることは何やねんという感じやけど、最近はこの“何やねん”な感じが、
ちょっと面白い。夕方になるころには、身体も少し戻ってきた。
服を選んで、髪を整えて、外に出る。
月曜の空気は、週末よりも少し乾いていて、夜の街もまだ完全には温まりきっていない。
そんな中、弁護士先生と待ち合わせる。先生は博子の顔を見るなり、ちょっと笑って言った。
「あ、なんかあれですね。」
「何ですか。」
「先週に比べると、若干迷いがないですね。」
博子は、その言い方にすぐ笑って返す。
「そうでしょ。」
「ええ。」
「今日は、刺身の美味しい店を予約したので。」
先生が、そこで少し目を細める。
「おお、いいですね。」
「先週ちょっと迷いがあったんですよ。おばんざいにするか、イタリアンにするか、
ちょっとブレてたんで。」
「たしかに。」
「だから今日は、最初から決め打ちです。」
先生は、その返しを面白そうに聞いている。
博子も、こういう“迷いがない日”の方が、自分でもやりやすい。
選んだ店に対して迷いがないと、言葉にも迷いが乗らない。
たぶん、それは相手にも伝わる。
二人で店に向かいながら、先生がまた少し笑う。
「また今週、面白いことがあったんやったら教えてくださいね。」
博子は、その言葉に、軽く肩をすくめる。
「ありますよ、そら。」
「やっぱり。」
「でも、今日は先生の日なんで。先生向けに、ちゃんと整理して喋ります。」
「それは楽しみです。」
そう言いながら、二人は刺身のうまい店の暖簾をくぐっていく。
博子の中では、東京の社長たちの動きも、福利厚生の次の玉も、もちろんまだ頭の片隅にある。
でも今は、それを全部前面に出しすぎず、目の前の先生とちゃんと一晩を作ること。
それが一番大事やと思っていた。
東京ばっかり見てたら、足元が抜ける。
足元をちゃんと固めながら、その上で遠くにも玉を投げる。
最近の博子は、そんなふうに少しずつ、自分のバランスを覚え始めている。




