店に余韻がある中、博子は次の種をまき積み上げる
先生が席を立ったあと、フロアにはまだざわめきが残っていた。
ソウメイが開いている卓では笑い声が大きく、グラスの触れ合う音が乾いて響く。
けれど、さっきまで座っていたあの席は、少しだけ温度が違った。
博子はスマホを取り出し、歩きながら短いメッセージを打つ。
「今日は楽しかったです(^^)また来てくれたら嬉しいです。
日にち合えば、北浜で川辺ランチとか、五感でお茶とかもいいですね」
挨拶半分。同伴の餌、半分。押しすぎない。でも、次の絵はちゃんと浮かぶように。
北浜の川沿い。昼の光。夜の店とは真逆の、静かな時間。
送信ボタンを押して、博子はスマホを伏せた。
深追いはしない。あの先生は、余白がある方が戻ってくる。
黒服とすれ違うと、軽く目配せをされる。今日はもう十分、という合図や。
ロッカーに戻りながら、ヒロコは頭の中で明日の予定をなぞる。
金曜日は清掃会社の社長との同伴。あの人は、酒を抜いた日の博子を
ちゃんと評価するタイプや。「今日はもう、飲まへん」そう決めて、
ペットボトルの水を一口飲む。体を休めるのも仕事のうち。
流れが来ている時ほど、無理はしない。
着替えを終えて、もう一度スマホを見る。通知はまだない。
それでいい。代わりに、別の名前をタップする。
——おじいちゃん。「今日はありがとうございました。すごく楽しかったです。
また今のお話も、昔のお話も、ゆっくり聞かせてくださいね」
送ってから、少しだけ間を置く。きっと、すぐには返ってこない。
あの人は、文章を打つのがゆっくりや。でも、それも悪くない。
博子は店を出て、夜風に当たる。新地のネオンは相変わらず派手やけど、
自分の足元は、ちゃんと地面についている気がした。
シャンパンを煽らなくてもいい夜。騒がなくても、延長が入る夜。
「また来るわ」と言われる夜。借金はまだ重い。不安が消えたわけでもない。
でも——積み上げ方は、もう間違えてない。博子は深呼吸をして、家路についた。
明日は木曜日。次は金曜の清掃会社の社長。ちゃんと休んで、ちゃんと迎えよう。このペースで。




