清水五条の居酒屋で3種のみ比べ980円の衝撃。小気味よく料理を注文する博子に座組慣れすぎやろと東京イキリ社長突っ込むwww
博子と社長が店に入ると、博子は席に着くなり、にやっと笑って言った。
「とりあえず、中入ってもろたら、まず日本酒のメニュー見てください。」
社長が、まだ上着を整えながら「お、おう」と座る。
博子はすぐにメニューを開いて、社長の前にすっと置いた。
「これ、本当に揃ってますから。」
社長が、ぱらっと見て、一秒で反応する。
「……十四代あるやんけ。」
博子は、その反応を待ってましたとばかりに笑う。
「いやいや、十四代だけじゃないんですよ。」
「ほう。」
「而今もあれば、新政もあるし。いいところの銘柄で、ちゃんと揃ってます。」
社長は、もうその時点でかなり満足そうやった。
銀座でへこんできたあとやから、余計にこの“いきなりわかりやすい当たり”が効く。
博子は、その空気を見ながら、さらに軽く畳みかける。
「で、言うてベロベロになって大阪まで移動するのもちょっとあれなんで。」
「うん。」
「三種盛りひとつと、最後は新政のナンバーシックスだけ、別で飲んでもらった方が
いいかなと思うんですよ。」
「ナンバーシックス。」
「そう。これ、値段見てください。九百円ですよ。」
社長が、ほんまか、みたいな顔でメニューを覗き込む。
「……安っ。」
「でしょう。」
「よそで飲むって言うんだったら、そもそも出てこない銘柄ですから。この辺、
呑んどいてもらったら、東京帰ってから、他の社長に自慢できますよ。」
その言い方に、社長が吹き出した。
「ええな。」
「ええでしょう。」
「さすが、その辺の発想がええな。」
博子は、そこで少しだけ胸を張る。
「任せてください。」
社長は、もう迷わず言った。
「ほな、とりあえず三種類飲みのセットで、十四代入れてもらおうか。」
「はい。」
「あと、而今も入れとこうか。」
「いいですね。」
「で、もう一個は、ちょっと博子ちゃんが決めてくれ。」
「わかりました。任せてください。」
そこからの博子は早かった。
日本酒だけじゃなく、何をつまませるかも、もう頭の中で流れができている。
「魚も欲しいですよね。」
「うん。」
「揚げ物もちょっと入れたいし。出し巻きも入れときます。
あと、お酒強いの続くんで、口を休めるやつも一個入れますね。」
社長が、半ば呆れたように笑う。
「チャキチャキ決めるなあ。」
「そら決めますよ。」
博子は、店員さんを呼んで、そのまま注文を流れるように頼んでしまう。
三種飲み比べ、十四代、而今、あと一つは博子が選ぶ一本。
出し巻き。魚。揚げ物。ちょっとした箸休め。
変に詰め込みすぎず、でも酒だけ浮かん感じにもならへんように、
ちゃんと整えていく。
社長は、その様子を見ながらしみじみ言う。
「こっち座組が良すぎるわ。」
博子が、すぐに笑う。
「でしょう。」
「いや、慣れすぎやろ。」
「どんだけこうやって座組で店探して、コスパのいい店探してると思ってるんですか。」
「そんなにやってるんか。」
「やってますよ。今日、京都ですけどね。」
「うん。」
「基本、大阪ですけども。その中で“これいけるな”“これは刺さるな”っていうの、
ずっと見てるんで。その辺も任せてくださいって話です。」
社長は、そこでちょっとだけ目を細めて、博子の顔を見る。
「ほんまに、銀座と違うわ。」
博子は、その言葉に少しだけやわらかく笑った。
「何が違います?」
社長は、少し考えてから言う。
「まず、店入ってすぐ“何開けます?”じゃなくて、“何見ます?”から始まるやん。」
博子が吹き出す。
「たしかに。」
「しかも、その“見てください”の先に、ちゃんと自慢できるもんが置いてある。
で、酒だけじゃなくて、何つまませるかまで、流れがもうできてる。」
「うん。」
「銀座って、こっちが合わせる感じやねん。でも、博子ちゃんのとこは、
ちゃんと“こっちで用意してますよ”って感じがある。」
その言葉を聞いて、博子はちょっと嬉しかった。まさにそこをやっている
つもりやったからや。客に丸投げしない。でも、押しつけすぎもしない。
“選ばせる余地”と“考えてある感”を両方出す。
そこが、自分のやり方やった。
「まあ、銀座の人らは銀座のやり方があるんでしょうけどね。」
博子がそう言うと、社長はすぐに首を振った。
「いや、もう今日の時点で、俺はこっちの方がええ。」
「ほんまですか。」
「ほんま。ていうか、店入って五分でもう満足度高いもん。」
「早いですね。」
「早いけど、しゃあないやろ。」
そこへ、最初の日本酒が運ばれてくる。
三つ並んだ小さなグラスを見た瞬間、社長の顔がまた緩む。
「いやあ、ええなあ。」
「でしょう。」
「これで十四代入ってるの、やっぱずるいわ。」
「まずそこからいきましょう。」
博子は、小皿の位置を整えながら、またいつもの調子で言う。
「今日のこれは、まだ入口ですからね。」
社長が笑う。
「入口でこんだけ満足させるんかい。」
「入口で満足してもらわな、その先きついでしょう。」
「ほんま、ようできてるわ。」
社長は、もうすっかり上機嫌やった。
銀座でへこんだ気持ちは、この店に入って十分もせんうちに、かなり薄れていた。
博子が思っていた通り、一回ちゃんと“当てられた”人は、戻ってきた時の反応が早い。
そして、その戻ってきた人に対して、ちゃんと次の一手を出せた時、やっぱりこの仕事は気持ちいいなと、博子は少しだけ思っていた。




