店内に移動してからの二時間。会計士先生と博子の穏やかな時間が流れる
店内に戻ってからの二時間は、会計士先生とゆっくり話す時間になった。
外で魚のかま焼きと天ぷらを食べて、ほどよく気持ちもほぐれている。
だから店の中では、変に飾らず、そのままの流れで話が続いていく感じやった。
会計士先生が、グラスを置いて、少し真面目な顔で言う。
「でも、博子さん、結局いろいろやってますよね。」
博子は、そこで少し笑って首を振る。
「いや、いろいろやってはいますけれども。」
「うん。」
「メインは本当、東京から来た人たちを丁寧に接客するのと。あとは先生含めて、
言うたら私を面白いなって言ってくれてる、地場の人、大阪で通ってくれてる人たちを
丁寧にやっていくことかなと思ってます。」
会計士先生は、その言い方にすぐ頷いた。
博子の中では、派手な東京勢も大事やけど、それだけではない。
むしろ、地元でゆっくり面白がってくれてる人たちを雑に扱わないことの方が、
よっぽど大事やと、最近ははっきり思うようになっていた。
「おそらく。」
博子は、少し言葉を選びながら続ける。
「私に興味を持ってくれてるんで、丁寧に、雑な扱いさえしなければ、
離れないでいてくれはると思うんです。だから、そこをどれだけ丁寧に、飽きられないような
お話作りをしていくかってところですかね。」
「なるほど。」
「東京の人たちは、言うたら座組をめっちゃ回したがるので、その辺のリストっていうのを
私の中でめっちゃ作ってるんです。それが種切れにならないように。
あるいは、種が切れてきたら探せるような状態で、動ける余白みたいなものを
置きながらかなと思ってます。」
そこまで聞いて、会計士先生は思わず笑った。
「二十歳でそこまでプロ意識やってる人、すごいんですよ。」
博子は、その言葉に少し肩をすくめた。
「いやいやいや。」
「いや、ほんまに。」
「でも、私、売れなかった時期が長いんで。」
その一言が、博子の本音やった。
今、追いかけられるような感じになっていても、その前に「離れていく怖さ」を
散々見てきている。だからこそ、今の状態を当たり前とは思ってへん。
「あの、離れていく怖さもあるし。」
「うん。」
「今、お一人、言うたらNG出したんですよ。」
会計士先生が少し眉を上げる。
「へえ。」
「外遊びメインで、私のことを見てるんじゃなくて、言うたら“簡単に外で遊べる女”みたいな
感じで、ずっと見られてて。」
「うん。」
「で、その方は、ちょっともうそれ以上無理です、っていうことで。
最後ブチ切れてはったんですけど、NGにしたんです。」
その話をする時の博子の声は、さっきまでより少しだけ固くなっていた。
会計士先生も、そこは軽く流さず、ちゃんと聞いてくれる。
「それは、しんどいですね。」
「しんどいです。」
「でも、そこは線引いた方がいい。」
「そうなんです。」
博子は、そこで少し力を抜いた。
「そういう経緯もあるから、本当に丁寧にやっていって。いろんな気づきとか、
落ち着いて飲めるとか、そういうところも含めてね。やっていけたらなと思ってるんです。」
会計士先生は、その言葉に静かに頷く。
夜の店やからって、何でも受けるわけやない。
むしろ、ちゃんと線を引いてるから、今のやり方が成り立っている。
そこを、先生はたぶんちゃんとわかってくれていた。
「でも、先生とお話してる中で。」
博子が、少し笑いながら言う。
「ゆっくりやらしてもらいたいと思ってます。」
会計士先生も、少し笑った。
「ありがとうございます。でも僕も、多少の外は要求しますけどね。」
博子が吹き出す。
「そこは要求するんですね。」
「そらしますよ。」
「でも先生は、なんやかんや言うて。」
博子は、そこで少しやわらかい声になる。
「私のこの、東京の人たちの刺し方とか、そういうところを面白がってくれて、
話してくれるじゃないですか。」
「まあ、それはたしかに面白いです。」
「そういうところを、私はありがたいなと思いながらお話させてもらってますよ。」
会計士先生は、その返しに少しだけ照れたように笑う。
博子としては、ただ外に連れ出してくれるとか、店で飲んでくれるとか、それだけやない。
こうやって、自分の考えてることを面白がって聞いてくれる人は、やっぱり特別やった。
「で、今。」
博子は、少しだけため息まじりに言う。
「同伴枠が、ほぼ全部埋まっちゃってるっていう状態で。全部提供でききれない
ところがあるじゃないですか。」
「うん。」
「待たせてるところやのに、それを待ってくれてるっていう先生は、やっぱありがたいですよ。」
その言葉に、会計士先生は少しだけ静かになった。
待ってる、という表現がたぶんまっすぐ届いたんやろう。
「いや、でも。」
先生は、ゆっくり言う。
「待ちたいと思うから待てるんですよ。」
博子は、その返しに少しだけ目を伏せて笑った。
「それはありがたいです。」
「無理やり枠取る感じでもないし。ちゃんと整った時に会えたら、それで十分やなと思ってるんで。
「……ありがとうございます。」
そう言ってるうちに、気づけば二時間が過ぎていた。
外でのご飯から続いた流れが、そのままやわらかく店内に溶けて、いい具合に締まっていく。
派手なことは何もしてへん。
でも、博子にとっては、こういう二時間がほんまに大事やった。
追いかけてくる人、待ってくれる人、熱くなってくれる人、面白がってくれる人。
その全部に対して、どう返していくか。
その感覚を、今日もまた少し整えられた気がしていた。




