弁護士先生とかみ合い延長を頂く。
弁護士先生は、グラスをゆっくり回しながら言った。
「正直な話な、こういう店で話してて、“おもろいこと言わなあかん”
って思った瞬間に、頭が止まるんや」博子は首を横に振った。
「先生、それは“話せない”んじゃないです」
「“話していい話を選びすぎてる”だけです」先生が少し驚いた顔をする。
「弁護士さんって、仕事柄、面白い話ほど外に出したらあかんこと、
山ほど持ってるじゃないですか」
博子は、指で空中に引き出しを作るみたいな仕草をした。
「それ、全部頭の中にあるのに、“ここで開けていい引き出しか”を
考えてるうちに、タイミング逃してるだけやと思います」
先生は、ふっと笑った。「……それ、よう言われるな」「職業病や」
博子は続ける。「でも、“ウケる話”と“価値のある話”って、別です」
「先生の話、ちゃんと聞ける人の前やったら、めちゃくちゃおもろいと思いますよ」
少し沈黙が流れる。その沈黙は重くなかった。先生が、ぽつりとこぼす。
「最近な、婚活も正直、しんどなってきててな」
博子は、少しだけ姿勢を正した。ここは、ちゃんと聞くところやと思った。
「ハイスペック婚活って言うんかな」「弁護士です、年収これぐらいです、
で、相手もそれなりの条件で来るやろ」先生は苦笑する。
「最初はええねん。でもな、腹の探り合いみたいな会話を、
一日に三人、三回もやったら、もうぐったりや」博子は思わず、頷いた。
「それ、めちゃくちゃ疲れますよね」「せやろ」
「休みの日にまで、品定めされてる感じしてな」
ヒロコは、少しだけ声を柔らかくする。
「恋愛やったら、多少しんどくてもええと思うんです」
「でも、肩書き前提のお付き合いなら、無理せんでもいいと思います」
先生が顔を上げる。「……無理せんでええ?」「はい」
「ここ、休みに来る場所でいいと思いますよ」
博子は、周りをちらっと見る。相変わらず派手な卓もあるけど、
この卓は、この卓の空気ができている。
「ここでは、弁護士先生じゃなくて、“今日ちょっと疲れてる人”でいいです」
先生は、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「それ、響くなあ」「最近、誰にも言われてなかったわ」
博子は、少し照れたように笑う。「私も、婚活迷子やった時期あったんで」
「大して好きになれへん人と、丁寧な会話するの、めちゃくちゃ消耗します」
先生は思わず吹き出した。「20歳でそれ言うか」「言いますよ」
「だからこそ、先生みたいにちゃんと考えてる人、無理せんでほしいです」
グラスが空く。先生は、黒服をちらっと見てから、ヒロコを見る。
「なあ」「今日は、このままゆっくり話してええか?」博子は、はっきり頷いた。
「ぜひ」先生は、自然な流れで言った。「じゃあ、延長で」派手さはない。
でも、ちゃんと“選ばれた”感覚があった。




