おじいちゃんと同伴で店に。白州を入れてもらいゆっくりとした時間が流れる
割烹で軽く日本酒を口に含んだあと、店に戻る。
出汁の余韻と、まだ鼻に残る焼き魚の香りが、北新地の夜の匂いと混ざる。
こういう時、無理に盛り上げようとしなくていい。博子はそれを、
もう感覚でわかっていた。席に着いて、黒服が水を置く。
「今日はどうします?」おじいちゃんが少し考える間を置いて、博子が口を開く。
「さっき日本酒いただいたんで、白州のハイボール、どうですか。できたら……12年」
おじいちゃんは一瞬だけ目を細めて、すぐに笑った。
「お、ええとこ突くな。安い方で済まそうとせえへんのが、逆にええわ」
白州12年。派手さはない。でも、わかる人にはちゃんとわかる。
ボトルが運ばれてきて、グラスに氷が落ちる音が静かに響く。炭酸を注ぐ音すら、
今日はうるさく感じない。乾杯をして、一口。「うん、やっぱりええな」
おじいちゃんはそう言って、グラスを眺める。
「なあ博子。こうやって時々、昼に散歩付き合ってくれたら、それでええわ」
唐突やけど、軽い調子やった。「ボケ防止にもなるしな。家おっても、話す相手おらんし」
博子は少しだけ笑って、「じゃあ、歩きやすい靴で行きますね」と返す。その距離感が、
ちょうどよかった。「もうちょっと仲良うなったらな」おじいちゃんはグラスを置いて、続ける。
「元部下とか、昔の連中と集まる時があるんや。その時は、また使わせてもらうわ」
少し間を置いて、「でもな、ここはな……わし一人で楽しむ場所でもあるから、
あんまり人には教えたくないねん」と、少し照れたように笑う。
博子は、その言葉をちゃんと受け取る。「わかります。静かな時間って、
誰とでも共有したいわけじゃないですもんね」「せやろ」
「だから、こういう時間、結構好きです」そう言うと、おじいちゃんは
「若いのに、ようわかっとるな」と小さくうなずいた。
フロアの向こうでは、ソウメイやアルマンドが開いている。
歓声が上がって、女の子が立ち上がって、写真を撮っている。
おじいちゃんはそれをちらっと見て、苦笑いした。
「あれはあれでな、見てて楽しいで」「現役の頃は、わしらもようやったわ。
経費で落とせる時代やったしな」グラスを回しながら、少し遠い目になる。
「でもな、ああいう飲み方で続いとるやつ、ほとんどおらん。社用族以外はな」
博子は何も言わず、聞く。「派手に飲む社長もおるけどな」
「結局、長い顔しとるのは、ウイスキーとか、オーパスワンとか、
そういうのをじっくり飲んどるやつや」「静かに話して、ちゃんと人の話を聞くやつやな」
白州のボトルは、まだ半分以上残っている。無理にペースを上げる必要はない。
「こういう夜、悪ないな」おじいちゃんがぽつりと言う。
博子はグラスを持ち上げて、「ですね。また、ゆっくり」とだけ答えた。
騒がしい夜の真ん中で、
二人の時間だけが、静かに流れていた。




