火曜日、おじいちゃんと別れてから東京のお客さんに連絡してみる
火曜日。天満宮の桜をひと通り歩いて、少し足がだるくなった頃、
博子はスマホを取り出した。花見帰り。
空はまだ明るくて、屋台の匂いと、春の湿った風が混じっている。
ふと、東京のお客さんの顔が浮かんだ。
——今、東京はどうなんやろ。桜の写真を撮るほどでもない。
映えもいらない。ただ、季節の中に自分がいるという事実だけを、
そっと共有したくなった。「花見の季節ですね。
今日は天満宮を少し歩いてきました。今週末は、
哲学の道に行く予定です。東京はもう混んでますか?」
送信。続けて、ほんの一言だけ付け足す。
「機会があれば、ぜひこちらにもいらしてくださいね。」
それ以上は書かない。同伴の話もしない。店の話もしない。
返事は、しばらくしてから来た。「もうどこも混んでるよ。
仕事で行くことがあったら、少し観光しようかな。」それだけ。
でも、ヒロコはそれで十分やと思った。
「来る」とも言ってない。「会いたい」とも言ってない。
でも、“行く時の選択肢”の中に、自分が入った。
それだけで今日は合格。スタンプも送らず、追いLINEもしない。
スマホをポケットに戻して、ゆっくり駅に向かって歩き出す。
売りに行かない日。芽だけを埋めた日。今日は、それでいい。
家に帰ったら、シャワーを浴びて、少しだけ動画のネタを考えて、
早めに寝よう。春は、急がせたら逃げる。
ヒロコはそう思いながら、改札を抜けた。




