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おじいさん視点。火曜日花見散歩とうなぎが楽しかった日

ーおじいさん視点ー

正直に言うと、最近は「曜日」がわからんようになってきていた。

役員の肩書きはまだある。名刺も残っている。金も、困ってはいない。

けどな、朝起きて、今日が火曜か木曜か、それがどう違うのか、わからんのや。

そんな中で、あの子から昼の提案が来た。

「大阪天満宮、桜きれいですよ。もしよかったら、少し歩いて、うなぎでも」

 昼やで。しかも、散歩。若い子と昼に桜を見るなんて、いつぶりやろか。

一瞬、「店に行かんでええんか」「金、足りるんか」そんなことを考えたけど、

あの子はそういう話を一切せえへん。それが、ええ。天満宮は、

思ったより人が多かった。けど、うるさくはない。会社の花見みたいに、

誰かの機嫌を取らんでええ。若いもんに説教せんでええ。酒も無理に飲まんでええ。

ただ、桜を見て歩くだけ。「あ、ここ、きれいですね」あの子は、ほんまにそれだけ言う。

写真を撮れとも言わん。自分が写りたいとも言わん。桜を見て、歩いて、

少し足を止めて、また歩く。それが、えらく心地よかった。うなぎ屋は、

派手でも高級でもなかった。カウンターで、肝吸いの匂いがして、炭の匂いがして。

「わし、うなぎ久しぶりやな」そう言うたら、あの子はにこっと笑って、

「よかったです。おじいちゃんが元気出るものが一番やと思って」

……“おじいちゃん”。昔なら、腹立ててたかもしれん。けど、不思議と嫌やなかった。

若い子に、そう呼ばれる距離まで来たんやな、という実感の方が先に来た。

うなぎは、うまかった。それ以上の感想はいらん。食べ終わって、

少しだけ沈黙があった。あの子は急がへん。次の予定を詰め込まへん。

「今日は、ありがとうございました」そう言われて、わしはようやく思い出した。ああ、

この時間は“仕事”でも“遊び”でもなく、ちゃんと「人と過ごした時間」やったんやと。

財布を出して、一万円を渡す。「足代な。今日は、ええ時間もろた」

あの子は一瞬だけ驚いて、でも、きちんと受け取って、こう言った。

「ありがとうございます。また、元気出したくなったら声かけてください」

それだけ。重たい約束もない。次を迫ることもない。

家に帰る途中、ふと思った。最近の夜の店はな、シャンパン煽って、

写真撮って、気づいたら誰も横におらん。人気すぎて卓につかへん子もおる。

店外ばっかりで、肝心の“卓の時間”がない子もおる。けど、今日の昼は違った。

桜があって、うなぎがあって、若い女の子が隣を歩いて、わしは

「ただのおっさん」に戻れた。ああ、春やな。久しぶりに、ちゃんと春が来たと思えた。

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