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木曜日、弁護士先生、博子の鉄板コースを味わい尽くす。お手当20→10→15で決着。

帰りのタクシーは、行きとはまた違う静けさがあった。

行きはこれから始まる感じやったけど、帰りはちゃんと一日を使い切ったあとの、

ゆるい余韻がある。京都駅までの道も、平日の夕方でそこまで混んでへん。

先生は窓の外をぼんやり見ながら、ふっと笑った。

「これ、帰りのタクシーも含めて設計やったんですね。」

博子も少し笑って頷く。

「まあ、そうですね。いきなり京都駅に放り出すより、このぐらいのゆるい移動があった方が、

今日の話も整理できますし。」

「やっぱりそうか。」

「先生は、今日、観戦席やったじゃないですか。」

「出た、観戦席。」

「だから、体験したことを、最後ちょっと言葉にできる時間があった方がいいんです。」

先生は、その言い方にまた感心したように首を振る。

「ほんまに、最後までちゃんと流れあるんやな。」

京都駅に着いて、今度はサンダーバードに乗る。

帰りの車内は、朝とはまた違う空気や。仕事帰りっぽい人もいれば、観光帰りっぽい人もいて、

その間に二人だけ少し違う余韻を抱えて座っている。

先生は席につくと、販売のコーヒーを頼んだ。博子もそれに合わせる。

「最後、コーヒーなんですね。」

「最後はコーヒーがええかなと思って。酒で締めるより、ちょっと今日を整理したい。」

「先生っぽいです。」

紙コップのコーヒーから湯気が立つ。

サンダーバードがゆっくり動き出して、京都駅のホームが流れていく。

二人はしばらく、それを黙って見ていた。その沈黙も、別に気まずくない。

今日一日、十分喋ったし、十分見せたし、十分見てもらった。

だからこそ、最後は少し黙っていられる。

やがて先生が、コートの内ポケットに手を入れた。

細長い封筒を出して、何でもない顔でヒロコの前に差し出す。

「はい。」

博子は、一瞬だけ目を丸くしてから、それを受け取った。

手触りでだいたいわかる。それでも、ちらっと中を見て、思わず眉を上げた。

「……いや、先生。こんなにはいらないです。」

先生はコーヒーをひと口飲みながら、平然としている。

「そうですか?」

「だって、二十ほど包んであるじゃないですか。」

「うん。」

博子は、少し困ったように笑う。

「先生は観覧席として見てもらってるんで。そんな、東京の社長さんたちみたいな

“初見でぶち抜かれた感動”もなかったと思うんです。だから、いただけるものは

いただけるんですけど、半分の十でいいですよ。」

先生は、それを聞いて少しだけ笑った。半分の十、という言い方が、いかにも博子らしかった。

「いや、でもね。」

先生は、コーヒーの紙コップを置いて、少し真面目な顔になる。

「結局、楽しかったんですよ。それが一つ。

あと、やっぱり、こんなことしてくれる子、おらん。」

博子は、何も言わずに先生の顔を見る。

「酒屋行って、路地裏のイタリアン行って、鴨川で手料理まで出して。

その全部を“なんとなく”じゃなくて、ちゃんと流れとして作ってる。

それに対しては、敬意を持って払わなあかんと思うんです。」

博子は少しだけ照れたように視線を落とした。

「……ありがとうございます。」

「だから、二十でええんちゃうかなと思ったんですけど。」

「いや、でも。」

先生は、そこで少し考える顔をしてから、ふっと笑った。

「じゃあ、こうしましょうか。その半分の五万、俺に戻してもらって、十五にしようか。」

博子が顔を上げる。

「十五。」

「うん。十だと、こっちがちょっと安く見積もりすぎてる気がする。

二十だと、博子さんが引く。じゃあ十五。」

博子は少し考えて、それから納得したように笑った。

「……ああ、それでいいですね。」

「よかった。」

「じゃあ、その五万で、次また遊びに来てください。」

先生が吹き出す。

「出た。」

「だって、同伴と店で二セットいたら、それぐらいになると思うんで。」

「うまいこと言いますね。」

「仕事です。」

先生は、そこで本当に楽しそうに笑った。

このやり取りが、いかにも今日の締めらしい。

ただ受け取るだけでもない。ただ返すだけでもない。

次につながる形にする。

それが博子のやり方やし、先生もそれを面白がってる。

「じゃあ、末永くお願いします。」

先生がそう言うと、博子もすぐに頷いた。

「こちらこそです。また実況中継しますんで。」

「それ、毎回楽しみにしてるんですよ。」

「知ってます。」

サンダーバードは、その頃にはもう大阪に近づいていた。

窓の外の景色が少しずつ見慣れたものに戻っていく。

京都で過ごした平日のゆるい濃さが、ちゃんと今日一日だけのものとしてまとまり始めてる。

先生はコーヒーを飲み切って、封筒を受け取ったヒロコの手元をちらっと見た。

「しかし、十五って、絶妙やな。」

「でしょ。」

「十やと軽いし、二十やとちょっと重い。その間に落とすの、やっぱりうまいわ。」

「たまたまです。」

「たまたまじゃないでしょう。」

二人はまた少し笑って、それからもうあまり多くは喋らなかった。

こういう日は、最後まで喋り倒すより、少し余白を残して終わった方がいい。

そのことを、二人ともなんとなくわかっていた。大阪駅に着いて、改札に向かう。

ホームを歩く足取りも、朝よりだいぶゆっくりや。

先生は改札の手前で立ち止まって、ヒロコの方を見た。

「今日は、ほんまに良かったです。」

「ありがとうございます。」

「また、今日の続きみたいなの、お願いします。」

「また考えときます。」

「考える前提なんですね。」

「先生やからです。」

その一言に、先生は少しだけ満足そうに笑った。

それから軽く手を上げて、改札の向こうへ消えていく。

博子はその背中を見送りながら、封筒の重みをもう一回だけ確かめた。

十五。ちょうどいい。

それに、次につながる五万も、ちゃんと残した。

今日の終わり方としては、かなり綺麗やった。

大阪駅の人の流れの中に戻りながら、博子は小さく息を吐いた。

東京の台風とは違う。

でも、こういう平日の一本も、ちゃんと自分の軸になってる。

それが少し嬉しくて、博子はそのまま静かに駅を離れた。

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