表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

503/767

隠れ家イタリアンを経て博子鉄板の鴨川での日本酒と手料理を弁護士先生は堪能する。だらっとした時間を過ごす

イタリアンのコースは、結局いつもの流れになった。

前菜があって、パスタは二種類をリザーブして、ハーフハーフで出してもらう。

片方は少し軽めで、もう片方はちゃんと旨みの強いやつ。肉と魚も、どっちか一つに

決めるんやなくて、半分ずつ味わえる形にして、最後はデザートまできっちり食べる。

平日の昼間にやるには少し贅沢やけど、でも夜の値段を知ってると、これでもかなり良心的や。

弁護士先生は、食べながら何度か素直に「うまいですね」と言っていた。

その言い方が、いかにも先生らしい。変に大げさではない。けど、ちゃんと刺さった時には、

ちゃんと刺さった顔をする。

「いやあ……。」

食後に水をひと口飲んで、先生がしみじみと言う。

「博子さんは簡単そうに食べてるけども、これ、東京の社長たちが初めて味わったら、

そら感動するでしょうね。」

博子は少し笑う。

「そうですかね。」

「そうですよ。値段の落とし方もそうやし、場所の見つけ方もそうやし、

“なんでここなんか”っていう意味まで含めて、やっぱり効くと思います。」

博子は、その言い方に小さく頷いた。

先生はもう、ただ旨い店に連れてこられた、では終わらない。

この店がどういう役割を果たしてるか、どういう流れの中に置かれてるかまで見てる。

そこがこの人の面白いところや。

店を出てから、二人は鴨川の方へ向かった。

平日の昼下がりの川沿いは、土日みたいな観光客の熱が薄くて、風も少しだけやわらかい。

博子は、適当なところに腰を落ち着けて、小さな風呂敷みたいに包んでいたものを広げた。

先生が、それを見て少し目を丸くする。

「……出るんですね。」

「出ますよ。」

ヒロコが笑って取り出したのは、肉じゃがやった。

昨日の夜から仕込んでおいたやつ。派手なもんではない。ほんまに、家で作るような、

ちょっと甘めで、ちょっと出汁がしみたやつや。

先生は、その匂いがふわっと広がるのを感じながら、なんだか少しだけ照れくさいような顔になる。

「博子さんの手料理が食えるっていうところは、普通に嬉しいですけど。」

「普通にってなんですか。」

「いや、でもそうでしょう。」

そう言いながら箸を受け取る。ひと口食べて、先生は少しだけ目を細めた。

「うん。ええな。」

その“ええな”には、東京の社長たちみたいな、わかりやすい衝撃はない。

でも、ちゃんと沁みてる感じがある。先生はそのまま、川の方を見ながら続けた。

「東京の人からしたら、たぶんここも驚くんでしょうね。」

「肉じゃがですか。」

「肉じゃがもそうです。設計、設計で殴ってきたところに、最後、手料理が出てくる。

それも、旅館みたいに大げさなもんじゃなくて、ちゃんと“博子さんの生活の延長”みたいな

顔して出てくる。そこにも、たぶん驚くと思います。」

博子は、少しだけ照れたように川面を見た。

「そこまでですかね。」

「そこまでです。」

先生は、ゆっくり言い切った。

「ただ、僕はもう、博子さんの座組とか、種明かしをだいぶ聞いてるじゃないですか。

だから、東京の社長たちみたいな“初見の衝撃”まではないです。ないけど、それでも楽しい。」

博子は、その言葉に顔を向ける。

「ほんまですか。」

「ほんまです。だから、今日は“すごいものを見せられた”というより、

“博子さんって、やっぱりこういうふうにやるよな”っていうのを、等身大に見せてもらった感じかな。」

その言い方が、博子には少し嬉しかった。

驚かせるだけやなくて、ちゃんと“等身大”としても見てもらえてる。

それは、初見の相手とはまた違う意味でありがたい。

「だからね。」

先生は、少し箸を止めて続ける。

「東京の人たちが初見で見たら、一つ一つに“意味があるんや”って感じるし、

刺さるっていうのも、今日でよく分かりました。で、その上で、あとからこうやって話を聞くと、

臨場感が湧いてくる。だから、やっぱり今日来て良かったなって思います。」

博子は、肉じゃがの小さいじゃがいもを箸で切りながら、少しだけ笑った。

「それ、結構嬉しいです。」

「ほんまに。」

少し間が空く。

鴨川の水は、相変わらず何事もない顔で流れている。

遠くの方で、学生っぽい集団が笑っていて、少し離れたところには観光客らしい二人組が座ってる。

でも、今この場所だけは、妙に静かに感じた。

先生が、少し酒を口にしてから言う。

「体験として聞いてた中で、一つ一つ驚きはありました。でも、この鴨川もそうですね。

開けてる感じで、のんびり酒飲んで、自分の好きな女の子とダラダラする時間って、

やっぱり大事やなってめっちゃ思う。」

博子は、そこに少しだけ反応した。

「そこ、聞いてるより良かったですか。」

「そこは、聞いてるより良かった。」

先生は笑う。

「他は、ある程度想像してました。タキモトも、イタリアンも、“こういう刺し方やろうな”って

いうのは、ある程度分かってた。でも、この鴨川でダラダラするところは、実際に来てみると、

思ってたよりずっとよかった。結局、こういう余白の時間が、いちばん贅沢なんかもしれん。」

博子は、その言葉にちょっとだけ得意そうに笑ってから、すぐに崩した。

「ありがとうございます。先生、結構辛口ですけども、そこのところだけは認めてくれるだけで、

私は嬉しいですよ。」

「そこのところ“だけ”って言うな。」

「いや、でも先生、割とちゃんと見てくるから。」

「見るでしょ。見た上で、ええと思ったものはええって言います。」

「それがありがたいんです。」

二人とも、そこで少しだけ笑った。手料理と酒と、鴨川の風。

東京の社長たちみたいに、ここで大騒ぎして感動する感じではない。

けど、今日のこの時間は、博子にとっても先生にとっても、ちゃんと意味がある。

しかもその意味は、“設計された驚き”だけやなくて、“一緒にだらけられること”の方にもある。

先生は、肉じゃがをもうひと口食べてから、ぽつりと言った。

「なんか、これはずるいですね。」

「何がですか。」

「東京の人たちが、これにやられるの、ちょっと分かるからです。」

博子は、それには答えず、少しだけ笑って、川の向こうを見た。

平日の鴨川は、まだまだ明るかった。

時間はゆっくり流れていて、今日ぐらいはそれに身を任せてもいいかな、と二人とも自然に思えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ