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木曜日、弁護士先生と鉄板コースを回る。観戦チケットを買っていただく。

木曜日。

久しぶりの鉄板コースやった。しかも相手は弁護士先生。東京の社長たちみたいに変に空気を

読みすぎる必要もなく、かといって雑にしてええ相手でもない。ちゃんと見てくれる人やし、

こっちの流れも面白がってくれる。そういう意味で、ヒロコは朝から少し気持ちが楽やった。

十時半ぐらいに大阪駅で待ち合わせる。改札のあたりで弁護士先生を見つけると、

先生の方が先に軽く手を上げた。今日はスーツやなくて、少し柔らかい私服や。

けど、靴と時計だけ妙にきっちりしてるあたりが、やっぱり先生らしい。

「おはようございます。」

「おはようございます。」

先生は顔を見るなり笑った。

「なんか、今日の博子さん、いつもよりちょっと楽そうですね。」

「わかります?」

「わかります。東京の社長さんたち回してる時と違って、顔つきがちょっと違う。」

博子は吹き出した。

「そらそうですよ。先生やからです。気ぃ楽ですもん。」

「それはそれで、嬉しいような、雑に扱われてるような。」

「雑には扱ってないです。」

二人で笑いながら、そのままサンダーバードのホームへ向かう。

先生がふと思い出したように言う。

「休みやったんちゃうんですか、今週。」

「休みっぽくしてます。」

「っぽく。」

「いやいや、いつもはこれでバタバタしてるんです。でも、こういう時に休んどかないと、

マジで何のために働いてたかわからなくなるんで。」

先生は、そこで少し真面目に頷いた。

「それは大事ですね。」

「大事です。稼ぐだけ稼いで、使う暇もなかったら、なんかずっと搾られてるだけみたいに

なるじゃないですか。」

「搾られてる。」

「はい。だから今日は“ちゃんと遊ぶ日”です。」

サンダーバードに乗り込む。平日の午前やから、土日ほど混んでへん。

指定席に座って、ようやく少し落ち着く。窓の外がゆっくり動き始めると、

ヒロコはもう半分仕事モード、半分案内モードに切り替わっていた。

先生が窓側に体を預けながら聞く。

「いつもそんなことしてるんですか。まず大阪から京都まで、こうやって移動して。」

「してますよ。」

「わざわざ電車乗る意味、あるんですか?」

博子は、待ってましたみたいに笑う。

「あります。やっぱりあれですよ、下道でだらだら喋る余裕がないから。」

「下道でだらだら喋る余裕?」

「そう。東京の社長さんとかは、そこが結構刺さるんです。ただご飯食べて終わりじゃなくて、

“移動しながらしゃべる”っていうのが最初の入口になる。だから、ここからがスタートですよ、

って感じなんです。」

先生は感心したように笑った。

「もう移動から座組なんですね。」

「そうです。」

「ほんまに抜け目ないなあ。」

「だって、ただ京都駅に集合して“じゃあ行きましょう”やと、もったいないじゃないですか。」

「その“もったいない”の感覚が、もう普通と違うんですよ。」

博子は、それには返事せずに少しだけ笑った。

窓の外はだんだん大阪の街を抜けて、京都へ向かう景色に変わっていく。先生はときどき外を見て、

ときどき博子の話を聞いて、それだけでなんとなくもう今日の一日が始まってる感じになっていた。

京都駅に着くと、博子は迷いなくタクシー乗り場へ向かう。

先生がその後ろをついてきながら言う。

「今日は平日やから、まだ動きやすいですね。」

「そうなんです。土日やとここでも一回疲れるんですけど、平日はそこまで混んでない。

でも、やっぱりタクシーで色々動くのが鉄板ですね。」

「また鉄板が出た。」

「今日は鉄板コースの日ですから。」

ちょうど空いたタクシーに乗り込んで、博子は運転手に言う。

「六条河原町のたきもと、お願いします。」

先生がその言い方に反応する。

「タキモト、ってやつですか。」

「そうです。」

「なんか前にも聞いた気がする。」

「聞いたと思います。でも先生には実物見せてへんから。」

タクシーが動き出す。京都駅周辺の大通りを抜けて、少しずつ街の温度が変わっていく。

平日の昼前の京都は、土日ほど浮ついてなくて、ちゃんと“住んでる人の街”の顔をしてる。

博子は、その空気ごと先生に見せたいと思ってた。

「今日は平日やから、京都の街もそんなにイキってないんです。」

「街がイキるっていう表現、初めて聞きました。」

「土日って観光客で街がちょっとイキるんですよ。」

「なるほど。」

「でも平日は、このへんの良さが出やすい。だから先生に見せるなら、今日の方が

むしろ合ってるかなと思って。」

先生は、窓の外を見ながら小さく笑う。

「観戦席って言われた意味、ちょっとわかってきました。」

「でしょ。」

「今日は、“博子さんがなんでこんな流れを作るのか”を見る日でもあるんやな、って。」

博子は、その言葉に少しだけ嬉しそうに目を細めた。

「そう思ってもらえたら、だいぶ正解です。」

タクシーは六条の方へ入っていく。

京都の空気に、大阪駅のざわつきがようやく完全に抜けていく感じがした。

これから見せるもの、食べさせるもの、歩かせる道筋。全部もう頭の中には入ってる。

けど今日は、東京の社長相手の時みたいな“絶対外したくない”の緊張とは少し違う。

弁護士先生が、ちゃんと見て、ちゃんと面白がってくれるのがわかってるからや。

「さて。」

博子は前を見ながら、小さく言った。

「ここから、ちゃんと始めます。」

先生は、その一言に少し背筋を伸ばして、楽しそうに笑った。

木曜日の鉄板コースは、そうやって静かに動き始めた。

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