水曜日。博子は明日の弁護士先生との鉄板コースのため早めに帰宅。一方東京イキリ社長達は東京で博子の話で持ち切り
木曜日。博子は、できれば手料理の肉じゃがまでは用意しておきたいなと思いながら、
今日はあと一セットで帰ろうかな、という気持ちでいた。今週は、なんやかんやで濃かった。
月火水と話も動き、人も動き、次の仕込みも入ってきてる。だからこそ、木曜の夜は、
少しだけ自分のペースに戻したかった。
「あと一セットだけでええかな……」
そう呟きながら、頭の中ではじゃがいもと玉ねぎと牛肉の段取りを考えている。
帰ったら下ごしらえして、煮含めるところまでやっとこう。そうしたら明日、ちょっと楽や。
そんな、生活感のあることを考えてる時間が、博子には逆に必要やった。
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一方その頃、東京では。
例の“大阪で遊んだ三人組”の社長たちが、また酒を飲んでいた。場所はいつもの都内の店。
けれど、話題は結局、また土日の大阪京都のことに戻っていく。
「いや、あれはめちゃめちゃ楽しかったよな。」
最初にそう言い出したのは、メインのイキリ社長やった。
グラスを置いて、もう一回思い出すみたいに笑う。
「目からうろこやったしな。ほんまに、ただ観光地回るよりも、よっぽど楽しかったわ。」
もう一人もすぐに乗る。
「わかる。キャバであんな遊び方ができるとは思ってなかった。
こっちが機嫌取って、寿司か焼肉行って、ボトル入れて終わりやと思ってたからな。」
三人目も笑う。
「しかも高級高級で殴ってこーへんのがええんよ。安いもん見せて、“なんでこれがこんな刺さるんや”
って方で殴ってくるの、あれエグい。」
「せやろ。」
イキリ社長が嬉しそうに頷く。今さら自分が見つけたみたいな顔をしてるのも、少しおかしい。
けど、それぐらい自分の中であの二日間が残ってるのや。
「まあでも、ありやで。六本木銀座行ってくださいって言われてるし。
次行くまでにもちょっと時間置いた方がええやろうから、一回また向こうの遊びに行こうかって
話にはなるよな。」
「それはそれでやろうや。」
「確認やな。」
「見切りの確認。」
そんなことを言いながら、メイン社長の方は、今日もまた三人分の酒を用意していた。
大阪帰りの余韻にかこつけて、ちょっとええやつを入れている。
その辺の見栄っ張りなところは相変わらずや。
「でな。」
そこでイキリ社長が、ちょっと顔つきを変えた。
「会社で結局、博子に言われたやつ、調べさせて見積もり出したんやけど。」
「奨学金と就労不能のやつやろ?」
「そう。奨学金返済の肩代わりと、就労不能の話な。これいくらぐらい効果あるんやと。」
二人が少し前のめりになる。イキリ社長は、ちょっと得意げに続けた。
「要は二つの施策をやることで、コストはかかる。けど、そのコストと効果。3パターン調べたら
少なくともトントン。で、であと二パターン試算ざっくり見たところで、年間七百万から
三千万浮くと。」
「そんなに。」
「うん。で、あらかた適当に見積もっても二千万は浮くと。十年で二億や。」
そこで、一瞬だけ空気が止まる。数字が急に生々しいからや。
「二億。」
「二億か。」
「そう。だから、それをどうやって大阪に返そうかな、みたいな話をちょっとだけした。」
他の二人が笑う。
「返すて。」
「いや、でも気持ちはわかる。」
「やろ。」
イキリ社長も笑いながら、スマホを軽く振った。
「ほな向こう、なんて返してきたと思う?」
「なんやったん。」
「全部返さなくていいから、また遊びに来てって。」
「あー、出た。」
「で、その辺のこと、もっと分からんかったら私もっと調べますから、やっときますよ、って。」
二人とも、そこで声を出して笑った。
「怖。」
「それやな。あいつの怖さ、やっと分かったやろ。」
「いや、ほんまにそう。博子の怖さがわかった。」
メイン社長が、少し真顔で頷く。
「くださいください言わへんねん。来てください、とも詰めすぎへん。
でも、“もっと調べますよ”って球投げてくる。あれ、多分わかっててやってるわ。」
「どこまで見えてるんやろな。」
「しかも、それで実際調べたら、俺も二人も、やっぱり数千万ぐらい差が出るでって
話になってるやん。」イキリ社長がそう言うと、もう一人もすぐに頷いた。
「うちも軽く見たけど、やっぱそのぐらいは出る。結局、目に見えへんコストをどう置くかやな。
採用コストとか、風評被害コストとか、離職の痛みをどこまで前提に置くかで全然変わる。」
「そうそう。」
「でも、甘めに見ても、そこそこ効くよな。」
三人目が、そこでふと思いついたように言う。
「こんなん、俺も調べよっかな。」
すかさずイキリ社長が返す。
「そしたらお前、六億円やん。ロト6と一緒ぐらいやで。どうすんねん。」
三人とも爆笑する。
例えが雑やけど、なんとなく分かる。会社の規模が違えば、改善余地の絶対額も変わる。
そう考えると、博子が酒の場で投げてきた球が、だいぶ危険な球やったのが分かる。
「いやでもな。」
イキリ社長が、少し笑いを引かせて言う。
「それを全部くれって言うようなやつでもないんよ。もっと面白い球投げてきよるわ。」
「それな。」
「そこが余計に怖い。」
「あれ、たぶん金の取り方だけ考えてる女やったら、あそこで“じゃあその何%かください”って
言うてるで。」
「でも博子は言わへん。」
「言わへん。“また遊びに来てくれたらいいですし、別でコンサル費いただけるなら
ありがたく頂戴します”やもんな。」
「余裕やな。」
「余裕やし、こっちがハマる流れもわかってる。」
酒は進む。でも話題はずっと、その土日のことと、博子たち三人のことと、会社に持ち帰った
数字のことばかりやった。遊びの話をしてるのに、制度設計の話になり、制度の話をしてるのに、
また遊びに戻る。その行き来自体が、もう前までの東京の飲み方とは違っていた。
「とりあえず、一回銀座六本木は確認しよう。」
「うん。」
「でも多分、前みたいには楽しくないで。」
「やろうな。」
「その上で、大阪行くわ。」
その言葉に、三人とも自然に頷く。もう、流れは見えてる。
今はまだ笑ってるだけやけど、次の週末のどこかで、本当にまた動くんやろう。
それを分かりながら飲んでるこの感じが、ちょっとおかしくて、でもかなり面白かった。




