水曜日、同伴の銀平で話は深くなる。切った清掃会社の社長の動きについてなど・・・
「で、金曜日の清掃会社の社長は、なんで切ったんやって話なんですけど。」
銀平の煮魚を少しつつきながら、博子がそう切り出すと、おじいちゃんは「うん」と短く返して、
酒をひと口やった。この人は、こういう時に変に急かさない。言いたいことを言えるまで
待ってくれる。その間が、博子にはありがたかった。
「正味なところ、外遊びばっかりやったんですよ。」
「うん。」
「なんか、おじいちゃんとか弁護士先生って、外遊びもするじゃないですか。でも、
それだけちゃうんです。私の座組とか、こういう発想とか、なんかそういうのを“面白い”って
言ってくれるから、店の中でも話が続くねんと。」
おじいちゃんは、そこで少し笑った。
「まあ、そらそうやな。」
「しかも、おじいちゃんも弁護士先生も、割と早い段階で私のこと気づいてくれてたやんか。
だから、それは外でも遊びたいし、時間作るのも全然苦じゃない。むしろこっちから、
これ見せたいなって思う。」
「うん。」
「でも、その清掃会社の社長は、もう、どっか行こう、どっか行こうばっかりなんです。
店の中でもどっか行こう。外でもどっか行こう。で、結局それがうるさすぎて。」
博子は、そこで少し苦笑いした。
「私、姫路城とかまで行ったんやで。」
おじいちゃんが、そこで目を丸くする。
「え。わし、そんな遠くまで行かせてもらってないけどな。」
博子が吹き出す。
「やろ。だから、それをすることが、当時の私にとっては結構楽やったんやと思うんです。」
「楽。」
「うん。言うたら、あの頃はそこまで売れてないし、同伴とか外遊びを喜んでくれる人がおったら、
それに応えるのが仕事やと思ってたし。それに、外で動いといたら、店の中で気まずい沈黙に
ならんで済むじゃないですか。」
おじいちゃんは、その言い方にゆっくり頷いた。
「なるほどな。」
「でも、こっちがめちゃめちゃ混んできたら、普通に不機嫌になられて。“なんで行かれへんの”
みたいな感じになって。で、最終的には“他の女探すわ”って言われたから、
あ、もうこれはなしやなと思って。」
「そらそうや。」
「で、しかも、そのあと他の女の子たちにも当たり散らして帰らはったんですよ。」
おじいちゃんが、そこで顔をしかめる。
「それはダサいな。」
「やろ。」
「でもな。」
おじいちゃんは、そこで少しだけ昔を思い出すみたいな顔になった。
「多分やけど、博子を拾った時には、ありやで。」
「あり?」
「うん。人気のないキャバ嬢を拾って、点を上げる。ほんで、外でも遊んで、
“自分が面倒見てる”っていう形を作る。そういう発想やったんやと思うで。」
博子は、少しだけ首を傾げた。
「そうなんかな。」
「そうやと思う。わしだって、そういう動きする時はあるしな。」
博子が、そこで少し驚いた顔になる。
「え、おじいちゃんでもそんなことするの?」
おじいちゃんは笑った。
「今はどうやろな。今は、それをするほど暇じゃないっていうのと、面白い女じゃなかったら、
その動きはせえへんっていうのがある。」
「線引きしてるんや。」
「そらするよ。でも、わしだってブイブイ言わせてた時は、色んな遊び方してたからな。」
その言い方が、妙に自然やった。武勇伝みたいに誇るでもなく、かといって隠すでもなく、
ただ“そういう時期もあった”ぐらいの感じで言う。そこがまた、おじいちゃんらしい。
「えー、その時のおじいちゃんやったら、ちょっと違うかな。」
博子がそう言うと、おじいちゃんは目を細める。
「なんやそれ。」
「いや、尖ってたから、難しかったかもしれんけど。今のおじいちゃんは、私好きよ。」
おじいちゃんが、すぐに身を乗り出す。
「そうやろ、そうやろ。」
「なかなかのもんやろ、って顔してる。」
「なかなかのもんやろ。」
二人とも笑う。
おじいちゃんは、グラスを持ったまま少し胸を張る。
「百戦錬磨やからな。」
「出た。」
「いや、ほんまやで。」
おじいちゃんは、そこで少しだけ真面目な顔になった。
「女遊びいうても、ただ派手に金使ってたらええわけちゃうねん。相手が何を欲しがってるか、
どこまで見えてるか、自分がどこで引くか。そのへん分かってへんと、最後は雑になる。
雑になったら、女も離れるし、店でも空気悪なる。」
博子は、その言葉を聞きながら、思わず頷いていた。
金曜日の清掃会社の社長は、まさに最後が雑やった。拾ってやった、遊んでやった、
だから今も応えろ。その雑さが、全部をダメにした。
「だからな。」
おじいちゃんは、煮魚を箸で少し崩しながら続ける。
「その清掃会社の社長も、最初の入り方自体は間違いとは言わん。でも、途中で“自分が面倒
見てやった”の方が強くなったんやろな。そこから先は、あんまり美しくないわ。」
「うん……。」
「博子は、今そこが見えるようになってもうてる。昔やったら“来てくれるだけでありがたい”
で済んでたのが、今は“どう見られてるか”まで分かってしまう。そらしんどい時もあるわ。」
その言葉に、博子は少しだけ黙った。図星やった。
売れてへん時は、外遊びに誘ってくれるだけでありがたかった。
でも今は違う。その人が、自分の何を見て来てるかが、だいたい透ける。
だから、雑な見方をされると、余計に傷つく。
「でも、その分、お前は面白くなっとる。」
おじいちゃんが、そこで少し笑う。
「外だけで喜ぶやつと、店の中まで見てくれるやつの差。そこをちゃんと分けられるように
なったんやから。」
博子は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「まあ、おじいちゃんと弁護士先生は別枠です。」
「ほう。」
「だって、外で遊んでも、結局中でも話続くし。私の成長とか、変な発想とか、
面白がってくれるやん。」
おじいちゃんは満足そうに頷いた。
「そらな。そこがない女と遊んでも、途中で飽きる。」
「言い切るなあ。」
「言い切る。わしはもう、そこは百戦錬磨やから。」
またそこで二人とも笑う。おじいちゃんの“百戦錬磨”は、なんかズルい。
笑えるけど、実際そうなんやろうなという重みがある。
博子は、その言葉にちょっと救われるような気持ちになりながら、グラスを口に運んだ。
金曜日の痛みは、まだ少し残ってる。
でも、こうやって話して笑えるぐらいには、もう整理できてきている。
それだけでも、今日はこの銀平を選んでよかったなと思いながら、
博子はおじいちゃんの次の“百戦錬磨”話を待った。




