博子が弁護士先生に金土日の出来事を回想する。言葉にすることで実感がわき、弁護士先生の言葉がしみる
「うん、で、金曜日なんですけども……」
日本酒をひと口やってから、博子はゆっくり話し始めた。
弁護士先生は箸を置いて、ちゃんと聞く体勢になる。
こういう時、変に茶化さずに聞いてくれるのが、この人のええところやと博子は思う。
「ちょっとその前の週に、別の方と同伴入れてたことで、そもそも機嫌悪かったんですよ。
清掃会社の社長が。」
先生が小さく頷く。
「なるほど。」
「で、なんとかあやしながらやってたんですけど、また店外でどっか行きたいな、
みたいな話されて。ちょっと今無理ですって話をしたら、別に他の子でもいいねんで、
って言うてきたんです。」
そこで弁護士先生が、少し眉をひそめた。
「それは嫌ですね。というか、ちょっとダサいですね。」
博子は苦笑いした。
「うーん、ダサいというか……。でも、なんとなくわかるんですよ。私が売れてなかった時期
長かったから。」
「うん。」
「店外ありきで遊びに誘う人。要は、私を見てるんじゃなくて、“外遊びできる女の子
いないかな”で見てるんですよね。で、言うたら、そういう、同伴のポイントがなかったら
困るような子を狙って、弱ってる子を救いに行く、みたいな手法なんですよ。」
先生は、少し考える顔になる。博子はそのまま続けた。
「今思えば、その方法も悪くないなとは思うんですよ。お客さん側の戦略としては。
だって、女の子側も困ってるわけやし、そこに“じゃあ俺が行くわ”って入るのは、
別に合理的やから。でも、今の私が無理ってわかった瞬間に、そういうこと言ってきたから、
ちょっとカチンと来てたんです。」
「なるほど……。」
「で、店の中入って話してると、ま、ご機嫌取りみたいなことはしてくれるんですけど、
“やっぱり外で遊んだらよかったな”みたいな話になって。いや、でもそれは無理なんです、
中だけで満足してくださいって言ったら、“俺がしんどい時に拾ってやったのに、
なんでそんなこと言うねん”って言うてきたんです。」
弁護士先生が、そこで顔をしかめる。
「それは、しんどいですね。」
「しんどかったです。いやいやいや、それはありがとうございますけども、今の私は無理なんで、
って言って。それでも引かへんから、もう、よそで外遊びできる女の子探さはったらどうですか、
って言うたんです。そしたら、ぶち切れてチェンジされまして。」
先生が思わず目を丸くした。
「チェンジ?」
「私、初めてチェンジされましたわ。」
そこはもう、自分でも少し笑うしかない感じやった。でも、その笑いの下に、ちゃんと傷は残ってる。
博子は盃を指で回しながら続けた。
「で、空気えらいことになって。結局、黒服さんに任せて、っていう形やったんですけど。
私自身も結構しんどかったです。」
先生は、しばらく黙ってから、静かに言った。
「それは、しんどいですね。」
その言い方に、ちゃんと重さがあった。博子は少しだけ救われる。
「っていうよりも、博子さんの“側”だけを見てて、外遊びオンリーやったら……」
先生はそこで少し笑った。
「でも僕もね、半分ちょっと心当たりがなくはないです。」
博子が顔を上げる。
「先生がですか?」
「こうやって、有馬温泉とか行かしてもらってた時あるじゃないですか。だから、
それで喜んでた時も、言ってしまったら、外遊びで喜んでた節はある。」
博子は、そこで首を振る。
「でも先生は、なんやかんや、私のことをちょっと好いてくれてるところもあるってわかってるし。
店の中でも遊んでくれてるの、わかってるし。」
先生が少し照れたように笑う。
「それはまあ……。」
「別に、外遊びだけを求めてる感じじゃないじゃないですか。こうやって話も聞いてくれるし。
おじいちゃんもそうなんです。」
「おじいちゃんも。」
「うん。外で遊ぶことはあるんですけど、後半というか、店の中での立ち振る舞いとか、
成長とか、そういうのを“面白いものを見る目”で見てくれてるんですよ。だから、
私は耐えられるっていうか、許容できるんです。」
先生は黙って聞いている。
博子は、自分の中の整理が少しずつ言葉になっていくのを感じていた。
「でも、やっぱり“よその女でもいいわ”みたいなこと言われたら、そらそれなりに傷つきます。」
「……うん。」
「いや、いいんですよ。私も“よその店見てください”って言うから。別に、私しかあかん、
なんて言うつもりはないんです。でも、真正面からそういう不満というか、“お前じゃなくてもええ”
っていうのをぶつけられると、結構きついもんあります。」
そこまで言って、博子はようやくひとつ息を吐いた。
天ぷらの湯気が、二人の間をふわっと通る。
弁護士先生は、少し時間を置いてから言った。
「たぶん、博子さんは“選ばれる側”っていうより、“見られる側”になってきてるんでしょうね。」
「見られる側?」
「うん。前は、来てもらえるだけでありがたい、っていうフェーズもあったと思うんです。
でも今は、誰にどう見られるか、誰がどういう目で来てるか、そこまで分かるようになってしまった。
だから余計に、浅い見方されると傷つくんやと思う。」
博子は、その言葉に少し黙った。たしかにそうかもしれへん。
売れてなかった時は、来てくれるだけでありがたいが勝っていた。
でも今は違う。来てくれる人の“見方”まで、だいたい透けて見える。
だから、雑な見方をされると、余計にきつい。
「……そうかもしれないです。」
先生はそこで、少し柔らかく笑った。
「でも、それだけ見えるようになったから、土日であそこまで巻き返せたんでしょうね。」
博子も小さく笑う。
「土日でだいぶリカバリーしましたけどね。」
「したと思います。」
「でも、金曜のあれがあったからこそ、余計に土日が沁みたんかもしれないです。」
「それはあるでしょうね。」
二人はそこで一度、天ぷらに箸を伸ばした。
衣の軽い音がして、油の香りが上がる。博子は、少しだけ表情をゆるめる。
「先生にこうやって話せるの、ありがたいです。」
先生は、照れくさそうに笑った。
「それは、僕の方がありがたいですよ。博子さんの金土日の話、だいたいドラマより濃いんで。」
博子は、そこでようやくちゃんと笑えた。
「まだ土曜日の話もあるんで、長いですよ。」
「聞きます。」
そう言って先生が盃を持ち上げる。博子もそれに合わせた。
金曜の痛みは消えてへん。でも、こうやって言葉にできる時点で、だいぶ一山は越えていた。




