さきちゃんのコース。四条河原町のポワロに行くも行列。切り替えて別の喫茶店でまったり。社長にはこの流れが響いている
昼下がり。さきちゃんは、料理もひと通り食べ終えて、時計を見ながら「これは多分、
お茶するぐらいの時間はあるな」と判断した。ここで無理に寺社をねじ込むより、
少しだけ“京都の余白”を見せて、今日の感想を落ち着いて話す方が、この社長には刺さる気がした。
「じゃあ、四条河原町の方、行きますか。」
「お、まだなんかあるんか。」
「ありますよ。」
タクシーを拾うほどでもない距離やったから、二人でダラダラ歩く。
観光地のど真ん中ほどギラギラしてへんけど、人はちゃんとおる。京都の中心部の、
ちょっとだけ日常が混じった感じの空気や。
歩きながらさきちゃんが言う。
「市場河原町に、ポワロっていう店があるんですよ。小説に出てきたりする、ちょっと有名な店で。」
社長が「へえ」と反応する。
「しかも、隣に風俗店あるっていう、なかなかパンチの効いた立地なんですけど。」
「なんやそれ、めちゃめちゃ面白いやんけ。」
サキちゃんが笑う。
「そういう、ちょっと変な文脈が京都って結構あるんですよ。
小説に出てくる店とか、文学で触れられる酒場とか、ちょこちょこあるんです。」
「文学で?」
「そう。安い酒出してくれる店とかも、昔の作品に出てきたりして。
だから京都って、意外と“ストーリーには事欠かない”んです。」
社長は、歩きながら少し感心したように言う。
「なんか、そういうわけやな。ちょこちょこ気づきとかテーマくるし、マジ嬉しいわ。」
「よかったです。」
「なんか、みんな博子ちゃんに当てられて、どんどんカスタマイズしていってんねんな。」
さきちゃんは、その言葉に少し頷いた。
「まあ、うちら三人は結構そうですね。しかも最初に東京から来て飲みに来る方って、
やっぱ複数人で来られるんですよ。」
「まあ、そうやな。」
「それを、一人で全部受けするの、マジしんどいんです。それに結局、何人かでつくことになるんで。
私ら三人セットでやった方が、きれいに打ち返せるっていうのがあるんです。」
社長が、ちょっとだけ真面目な顔になる。
「たしかに。一人が違う動きしたら、変な感じになるもんな。」
「そうなんです。だからお店の中でも、敵を作らず、味方作る感じで動いてますね。」
そんな話をしながら、ポワロの前まで来た。……が、見事に行列やった。
「あ。」
「うわ。」
二人同時に声が出る。思った以上に並んでる。軽く三十分、下手したら一時間コースや。
さきちゃんは一秒だけ立ち止まって、それからすぐに切り替えた。
「やってもた。」
社長が笑う。
「ここでやってもた言うんやな。」
「言いますよ。でも、向かい側に古い喫茶店あるんで、そっち行きましょう。」
「切り替え早いな。」
「こんなん待ってたら、時間の無駄です。それより、ちょっとでも味わってもらおう
っていう方が大事なんで。趣向は違いますけど、そっち行きましょ。」
社長は、もうこの“見切りの早さ”にも慣れてきたらしく、素直に頷いた。
「わかった。任す。」
向かい側の喫茶店は、ポワロみたいな分かりやすい“物語性”はない。けど、入るとすぐに、
昔ながらの喫茶店の匂いがした。ちょっと古い木の感じ、少しだけ黄ばんだ壁、
長年そこにあるテーブル。椅子の座り心地は、ふかふかというより“年季”やけど、
それも含めて雰囲気がある。
社長が席に座って、周りを見回す。
「いや、ここはここで、また古くてええな。」
「でしょう。」
「椅子はそんなにふかふかちゃうけど、昔からの喫茶店って感じでええわ。」
「こういうの、京都っぽいですよね。」
メニューを見て、二人とも結局コーヒー。社長は「今日はケーキまではいらんかな」と
笑いながら言い、さきちゃんも「私も今日はコーヒーだけで」と返す。
コーヒーが運ばれてきて、少し沈黙。
でも気まずい沈黙やない。今日一日のことを、ちょっとずつ身体に戻していくみたいな静けさやった。
社長が最初に口を開く。
「いやあ、今日よかったわ。」
さきちゃんは、そこで急いで「ありがとうございます」とは言わんかった。
まずは相手に感想をちゃんと出してもらう。
「祇園のランチも良かったし、その後こうやって喫茶店まで来るのも、なんか流れええな。
詰め込みすぎてないのが、逆によかった。」
「それは嬉しいです。」
「で、話もやな。東京の女の子って、別に悪いわけちゃうけど、
“来てもらうありがたみ”みたいなん、薄いんやなってちょっと思った。」
さきちゃんは、コーヒーを一口飲んでから頷く。
「そうかもしれないです。でも、向こうは向こうでブランドあるし、それで成立してるんやと
思います。」
「うん。でも、今日みたいに“こっちもちゃんと考えてます”って見せられると、そら
評価したくなるわ。」
「そう言ってもらえると、頑張った甲斐あります。」
社長は、少しだけ笑って続ける。
「あと、お前ら三人がちゃんとチームで動いてるのも面白いわ。博子ちゃんが飛び抜けてるのは
分かるけど、そこで独り勝ちせんように回してる感じも、なんかええな。」
「その辺は、みんなで意識してます。結局、長くやろうと思ったら、一人で抱えたらあかんので。」
「賢いな。」
「生き残りです。」
社長がそこで吹き出す。
「出た、生き残り。」
二人で少し笑う。コーヒーは派手やないけど、ちゃんと旨い。
窓の外には河原町の人通り。けど、この店の中だけ、少し時間がゆっくりや。
社長は、カップを置いてしみじみ言う。
「なんか、今日のこれ、帰ってからも残るやつやな。」
「そのためにやってます。」
「言い切るなあ。」
「だって、そうじゃないと、わざわざ来てもらう意味薄いじゃないですか。」
社長は、その言葉にまた頷いた。
今日の祇園のランチも、京都の話も、ポワロに行けなかったことも、向かいの喫茶店に
すぐ切り替えたことも、全部込みで“よかった”になってる。それが、さきちゃんにはちゃんと分かった。
外の明るさが少し傾いてきて、そろそろ京都駅に戻る時間や。
でも、この一杯のコーヒーのおかげで、今日の輪郭はむしろはっきりした気がした。




