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黄桜ファクトリーのランチを満喫し、100円の酒で最後しめる。京都へ戻る。京都大阪担当は博子でいいわ

龍馬御膳もきれいに平らげて、地ビールも三種ちゃんと味見して、社長はだいぶ

気持ちよくなっていた。伏見の酒蔵の流れから、大手の木桜まで見て、しかもどっちも

“ちゃんと違う顔”があった。そこにご飯まできっちり入ると、もう十分やった。

「……なんか、満足したな。」

社長がそう言って、椅子にもたれた。博子は、その顔を見て、小さく笑う。

「でしょ。あとは最後、蛇口から出てくる日本酒だけ、いっときましょうか。」

「蛇口?」

「そう。黄桜のレジ前にあるんですけど、一杯百円なんです。」

「また意味わからんこと言い出したな。」

「意味わからんけど、ちゃんと意味あるんです。」

社長は笑いながら立ち上がる。

この日、何回“意味わからんけどありやな”を言ったか、自分でももう覚えてへんかった。

店の一角にある蛇口型の酒サーバー。

博子が手慣れた感じで説明して、社長も小さな器を手に取る。

「最後に一杯だけ。もうお腹いっぱいやし、今日はこれで締めるぐらいでちょうどいいです。」

「一杯百円か。その値段も、もう今日は驚かへんくなってきたわ。」

「慣れてきましたね。」

「いや、慣れたというより、お前の流れにやられてる気がする。」

そう言いながら飲むと、これがまたちゃんと酒や。

派手な感動ではない。けど、最後に少しだけ口を整えるにはちょうどいい。

社長は飲み終わって、ふっと笑った。

「……これはこれで、ありやな。」

博子も笑う。

「最後に百円の酒で締めるって、なんか伏見っぽいでしょう。」

「ぽい。しかも、ここまで来てまだ“高いもんで締めよう”にならへんのがええわ。」

店を出る前、社長が少しだけ名残惜しそうに言う。

「で、ここからどうするんや。」

博子は、最初から決めていたみたいに、でも押しつけにならんように答える。

「寺田屋、行くのもありです。あと、京都まで戻って本願寺寄るのも一つ。

でも、今日はあんまり詰め込みすぎても、あれなんですよね。」

「たしかにな。」

「だから、京都のセンチュリーホテルで、ゆっくりお茶でもします?」

社長が、少し意外そうな顔をする。

「えらい、まったりやな。それでええんか? 他のやつの足並みは。」

博子は、そこで少しだけ現実的な顔になる。

「多分ね、アルカちゃんの急流下りが一番時間かかると思うんですよ。

さきちゃんは祇園やから、そこそこきれいに戻ってくると思うんですけど。

どうせ最後は京都駅あたりで待ち合わせることになると思うんで。」

「なるほど。」

「やから、京都駅までさっと戻って、気力があれば本願寺、歩いて十分ぐらいなんで、

そこ寄ってもいいですし。もう今日のところはお腹いっぱい、って感じなら、

センチュリーホテルで腰据えて座って、だらだら待つのも全然悪くないです。」

社長は、その提案を聞きながら、今日ここまでの流れを頭の中でなぞっていた。

蒼空の蔵。黄桜。御膳。地ビール。最後に百円の酒。

もう充分すぎるぐらい、伏見を味わってる。

ここからさらに寺田屋だ、本願寺だと詰め込むより、少し落ち着いて余韻を飲む方が、

この日の締めとしてはきれいかもしれん。

「……それもオツやな。」

「でしょ。」

博子は、そこにさらに一枚重ねる。

「その間に、私はちゃんと反省会しますよ。社長、前に一人で来てくれたじゃないですか。

あの時のことと、今回、他の社長さんたちも連れてきてくれたこと。

そこ踏まえて、昨日どうやったか、今日どう見えたか、ちゃんと整理します。」

社長が少し笑った。

「お前、ほんまにどこまで行っても反省会するな。」

「仕事なんで。」

「いや、その“仕事です”で全部ええ感じにまとめるのずるいわ。」

二人で笑いながら、店を出る。

伏見の昼過ぎの空気は、ちょっとだけぬるくて、でも酒の町の匂いが残ってる。

博子は、歩きながらまた一度だけ確認するみたいに言う。

「ほんまに、今日はもうこれぐらいでちょうどいいと思います。

ここから無理に盛らん方が、たぶん明日の記憶もきれいに残るんで。」

「うん、それはわかる。」

「さっきの蒼空も、木桜も、百円の酒も、全部入ってるじゃないですか。

これ以上いくと、逆に薄まるかもしれないです。」

「お前、引き際もうまいな。」

「褒めてください。」

「褒めてる。」

社長は、もう完全に機嫌がいい。

昨日の夜、今日の昼、その全部を通して、“まだ見せるもんあるんやな”って思わされ続けてる。

その感覚が楽しかった。

二人はそのまま、伏見の最寄り駅の方へ向かって歩いていく。

商店街を抜けて、近鉄の駅へ戻るまでの道も、もう昼前よりずっと馴染んで見える。

最初は“連れてこられた場所”やったのが、今は少しだけ“自分の体験した町”に変わってる。

社長が、歩きながらぽつりと言った。

「……大阪京都担当、ほんまにお前でええわ。」

博子は、それを聞いて、ちょっとだけ得意そうに笑った。

「任してください。」

そう言って、二人はゆっくりと駅へ向かった。

今日の伏見は、ちゃんと満足で締まっていた。

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