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黄桜ファクトリーで昼食。1,500円御前と地ビール飲み比べで社長も博子の座組の奥行を知る。

蒼空の蔵元から、ゆっくり歩いて七分ほど。伏見の道は、

観光地のど真ん中ほど騒がしくないのに、ちゃんと“酒の町です”っていう顔をしている。

古い建物の角度とか、ちょっとした看板とか、観光客向けに作り込みすぎてへん感じが、逆にええ。

博子は、歩きながら社長に説明する。

「ほら、見えてきました。黄桜ファクトリーです。」

社長が顔を上げる。少し大きめの建物で、さっきの蒼空とはまた全然違う。

“蔵元の小さな良さ”の次に、“大手の分かりやすい安心感”を当てる。

順番としても綺麗やった。

「伏見の大手で言うと、黄桜と月桂冠があるんです。」

「月桂冠は、さすがに聞いたことあるな。」

「でしょ。月桂冠の方は、大倉記念館っていう資料館をやってるんです。

黄桜はこうやって、お店もやってて。」

「なるほどな。さっきの小さい蔵と、今の大手と、両方見せてくるんやな。」

博子は笑う。

「そうです。“伏見の酒”って、一個の顔だけじゃないんで。」

中に入って席につくと、昼の客でそこそこ埋まってる。観光客っぽい人もいれば、

地元の年配の人もいる。“観光地専用”になりきってないのが、ちょうどいい。

博子はメニューを開いて、もう迷わず指を置いた。

「ここは、龍馬御膳です。」

「龍馬御膳?」

「はい。これ、外さないです。だいたい千五百円ぐらい。

で、これにして、地ビール三種飲み比べ七百五十円、頼みましょう。」

社長が、値段を見てすぐに反応する。

「……え、そんなもんなん。」

「そんなもんです。」

「安いな。」

「安いですよ。ちゃんとしてるのに、ちゃんと手が届く。そこが今日の伏見のテーマでもあります。」

社長は、そこで少し笑った。

「お前、ほんまテーマ持たせるよな。」

「そら持たせますよ。ただ飲むだけ、ただ食うだけやったら、

こっちまで来てもらう意味が薄いでしょう。」

社長が頷く。もうその言い回しにもだいぶ慣れてきている。

博子は続ける。

「時間に余裕あったら、寺田屋とか回れたらいいんですけどね。ただ、

他の社長さんとの兼ね合いもあるから、その辺はちょっと考えましょう。」

「まあ、そこは無理せんでええわ。」

「そう。本当は、とりせいっていう鶏の店も候補やったんですけど。」

「お、鶏もあるんか。」

「あるんです。でも、天満でめっちゃ鶏食べたじゃないですか。」

社長が吹き出す。

「確かに。」

「でしょ。あれ食べたあとに、また鶏被せるのは芸がないなと思って。あえて今日はこっちです。」

その“被りを避ける”っていう感覚も、社長には面白いらしい。

「お前、ほんまそういうとこ細かいな。」

「営業上手いって言ってください。」

「どんだけ営業上手いねん。」

二人で笑う。でも、冗談みたいに言いながら、社長の中ではもう

“次回以降のコース”まで見え始めてるのが分かる。

博子はそこで、軽く餌を撒く。

「伏見って、酒だけじゃなくて、伏見稲荷とかの絡め方もあるんで。もし次回以降、

また違う角度で回したかったら、そういう座組も組みますんで。」

「ほら出た。」

「何がですか。」

「次回以降どうぞ、って。お前、営業がうますぎるんよ。」

「でも嫌じゃないでしょ?」

社長は、そこで素直に笑う。

「嫌じゃない。むしろ、次のカード見せられると、また来たなる。」

そう言ってる間に、龍馬御膳が運ばれてきた。思ったよりもしっかりした内容や。

小鉢もついてるし、見た目も地味すぎない。“観光地価格の雑さ”がない。

社長は、出てきた瞬間に素で言った。

「え、こんなしっかりしたもん出てくるか。」

ヒロコが満足そうに頷く。

「でしょう。」

社長は箸を持ちながら、まだ値段と見た目が頭の中で釣り合ってへん顔や。

「東京やったら、これ普通に二千五百円ぐらいするで。下手したらもっと取るわ。」

「すると思います。しかも、雰囲気代とか場所代で、食べ終わったあと

“まあこんなもんか”になるやつ。」

「そうそう。」

社長は一口食べて、また頷く。

「いや、ちゃんとうまいし。」

「ちゃんとうまいんです。」

そこへ、地ビール三種飲み比べも来る。小さめのグラスが三つ並んで、

それだけでちょっと楽しい。社長はそれを見て、また機嫌が良くなる。

「確かに、これ美味そうやな。」

「とりあえずいただきましょう。」

「せやな。そのあと、どうするかはこれ食ったあとや。」

博子はグラスを軽く持ち上げる。

「そうです。先に飲んで、食べて、伏見の“大手の顔”も味わってから、次考えましょう。」

社長もグラスを持つ。さっき蒼空で飲んだ小さな蔵の酒と、今目の前にある大手の地ビール。

それがちゃんと一日の流れとして繋がってるのが、もう面白かった。

「……しかし、ようできてるな。」

「ありがとうございます。」

「さっきの蒼空で“上”を見せて、今ここで“広さ”を見せてる感じや。」

博子は、その言葉に少しだけ目を細めた。

「ちゃんと伝わってるなら、嬉しいです。」

二人はそこで、まず一口目の地ビールを飲んだ。

昼の伏見は、まだまだ続く。

でも今の時点で、もう十分“来た甲斐あるな”って顔を社長がしてる。

それだけで、今日の流れはかなり綺麗にはまっていた。

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