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博子の座組。京都~伏見の蒼空で軽い呑み~黄桜ファクトリーへ

伏見へは、京都駅から近鉄に乗って向かった。

社長はホームに立ちながら、ちょっと笑って言う。

「すまん、サンダーバードみたいなん想像してたわ。」

博子はすぐ返す。

「いやいや、そんな大げさな移動ちゃいますよ。こういう電車で行くのがいいんです。」

社長も肩をすくめる。

「まあ、こういう電車だって俺ら乗るしな。普段は車やけど。」

そう言いながら、二人は車内に乗り込む。京都駅から少し離れるだけで、街の空気がふっと変わる。

メインの観光地のざわざわから、一段だけ生活の温度に近づく感じや。

桃山御陵前まで着いて、そこから商店街を抜ける。博子は、わざと少しだけ歩かせる。

いきなり目的地に放り込むんやなくて、街の匂いを一回吸わせるためや。

「ここです。」

博子が立ち止まった先にあるのは、藤岡酒造、蒼空の蔵元。

大きすぎへん。むしろ、ちょっと小さいぐらいや。

その“わかる人だけ分かる”感じが、今日の一手目としてちょうどいい。

社長が外観を見て言う。

「結構ちっちゃい蔵やな。」

「そうなんです。でも、ここの奥で試飲できるんですよ。」

「試飲?」

「はい。選んだら何百円か払って、いろいろ飲めて。ちょっとしたアテもついてるんです。

だから、ここでまず一杯引っかけましょう。」

店の中に入ると、社長はきょろきょろしながら、でも楽しそうやった。

「なんか、わけわからんな。別の土地まで来て、こういうとこ入るの。でも、これはこれでありやな。

楽しいわ。」

博子は笑う。

「でしょう。東京で店入って、店が酒選んで、で終わり、みたいなんと違うじゃないですか。」

「違う。俺ら、基本そうやもん。店入って、酒は向こうが決めてくるし。三人で行くから、

店もだいたい固定されてるしな。」

「だから、今日は斜め上行くんです。」

社長がすぐにツッコむ。

「斜め上ちゃうやろ。ちゃんと上や。」

「ありがとうございます。」

そう言いながら、まずは蒼空の純米大吟醸。ひと口目で社長の顔が変わる。

「……あ、これうまいな。」

「でしょう。」

「これが看板なんか。」

「そうですね。“蒼空”って名前だけ先に聞いてても、飲んで初めてわかるタイプです。」

社長は、もう一口飲んでからゆっくり言う。

「なかなか東京戻っても、これに勝る酒ってないかもしれんな。少なくとも、

俺らが普段店で飲んでる流れの中では出てこん。」

博子は、その感想を待っていたように少しだけ頷いた。

「じゃあ、今度は一番下の純米酒、飲んでみます?」

「一番下?」

「そう。これ、一本で物語を作る酒っていうより、“ご飯と合う普段使い”の酒なんです。

手頃やし、通常使いの酒としてはめっちゃ優秀やと思います。」

社長は「なるほどな」と言いながら、言われるままに純米を飲む。

すると、今度はまた別の反応になる。

「……あ、意外とありやな。」

「でしょ?」

「これはこれで、米感があってええ。一杯目の大吟醸みたいな“うおっ”っていう

物語性はちょっと薄いかもしれんけど、普段使いではこっちの方がいいかもしれんな。」

「そうなんです。酒一本で勝負するんじゃなくて、“料理と一緒にどうか”まで

見てほしい酒なんですよ。」

社長は、少し嬉しそうに笑う。

「それを今、こうやって誘導されながら飲んでるのが、またええな。」

二十分ほど、二人はそこで滞在した。酒を選んで、ちょっとしたアテをつまんで、話す。

それだけやのに、観光とも違う、飲みとも違う、妙な密度がある。

博子が「じゃあ次行きましょうか」と言うと、社長が少しだけ名残惜しそうに言う。

「お、早いな。」

「ここでまったりするのもありなんですけどね。でも、今日は流れがあるんで。」

社長は店の外に出ながら、まだ少し余韻を引きずっている。

「いや、こういうええのって、東京にも多分あるんやろうけどな。」

「あるとは思います。」

「でも、美味しい酒どころって言うたら、東北まで行かなあかんとか、そういうイメージや。

結局、新幹線乗って、誰かに案内してもらわんと無理やろ。」

「そうですね。コンダクターみたいな人がいなければ難しいと思います。」

社長は、そこでしみじみと言う。

「難しいな。それを、おいそれと“わしに任せとけ”って言えるやつなんか、おらんわ。」

ヒロコは、それを軽く笑って受ける。

「この前の鴨川も刺さったって言うてくれましたもんね。」

「刺さった。でも、こうやってまた違う角度で紹介してくれるん、普通に嬉しいわ。

だから少なくとも、大阪京都担当は博子にお願いしたい。」

その言い方が、半分冗談みたいで半分本気やった。博子は、そこを変に軽く流さへん。

「任してください。」

その返しに、社長が素直に頷く。

「よし。ほな次行こうか。」

「はい。次は、あれですよ。大衆酒寄りで言うと、黄桜があるんですけど。」

「黄桜な。」

「そこが、黄桜ファクトリーっていうご飯屋さんもやってるんです。次、そこ行きましょうか。」

社長の顔がまた少し明るくなる。

「お、行こう行こう。」

そう言って、二人はまた歩き出した。

小さな蔵から、大衆の顔を持った酒の世界へ。

今日の伏見は、まだまだ続く。

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