さきちゃん、東京と大阪の違いを明確に見せつけてその空気感をタクシー内から店まで持っていく
ふぐをひと通り食べ終えて、最後に雑炊まできれいにさらった頃には、
社長の顔つきがだいぶ変わっていた。
最初に店へ入った時の「どんなもん見せてくれるんやろ」という値踏みみたいな目が、
今はもう半分ぐらい“なるほどな”に変わってる。
さきちゃんは、その空気の変化をちゃんと感じ取っていた。
こういう時に、あと一球だけ投げる。
それが入るかどうかで、次の店の空気がかなり変わる。
会計を済ませて、二人で店を出る。
外の空気は少しぬるいけど、ふぐで温まった身体にはちょうどいい。
タクシーを拾うまでの少しの時間、さきちゃんはわざと自然な顔で話を継いだ。
「そうそう、最近うちで、二週間連続で来てくれはった社長さんもいるんですよ。」
社長が「え?」と顔を上げる。
「二週間連続? 東京から?」
「そうです。一日こっちで接待させてもらって、大阪か京都で一緒に遊んで帰るっていう
形なんですけども、それが刺さりすぎて。」
さきちゃんは、そこで少し笑った。
「私のメンバーの博子ちゃんのお客さんなんですけど。あの人、同僚の社長さんたち置いて、
先週も来てましたしね。」
社長はタクシーのドアを押さえたまま、素で驚いた顔になった。
「そんな毎週、東京から来るんけ。」
「来るみたいです。」
「そこまでか。」
タクシーに乗り込んで、ドアが閉まる。
車が動き出してからも、社長はまださっきの話を頭の中で転がしてる感じやった。
さきちゃんは、そこへさらに一段だけ具体を足した。
「その方も、銀座で一セット十万とかで飲んではった方らしいですよ。」
社長がすぐに反応する。
「ああ、そういう層か。」
「そうです。でも十万円って、往復の新幹線代と、泊まる代金と、うちらの店やったら
三セット近く入れるんです。二セット半から三セットぐらい。」
社長は、そこで少しだけ笑った。
「たしかに計算したらそうやな。」
「で、それを天秤にかけて、こっちの方が楽しかったみたいです。もう銀座行くのやめるわ、
って話になってるらしいですよ。」
それを聞いた社長は、窓の外を見ながら「そこまでか」と、もう一回言った。
でも今度の“そこまでか”は、さっきよりだいぶ真面目やった。
驚きというより、腑に落ちかけている声や。
さきちゃんは、そのタイミングを逃さずに続ける。
「なんか、女の子に媚びなあかん、ってことをしなくてもよくて、
私らがいろいろ接待するっていう形でやられるから、気持ち楽みたいですね。」
社長は少し考えてから、ゆっくり頷いた。
「……まあ、確かにそうかもな。」
車内の空気が、少しだけ静かになる。
社長の中で、東京の遊び方と今日の流れが比べられてるんやろうな、とさきちゃんは思う。
寿司か焼肉。
女の子の顔色を見ながら高い店に行く。
こっちは別に行きたくもないのに、映えだ何だで合わせる。
確かに飯はうまい。でも、変に気張る。気を遣う。で、結局その空気ごと買わされる。
一方で今日みたいに、ふぐを食って、話して、考え方を少しひっくり返されて、それで店に向かう。
その方が、もしかしたら“遊び”としてはよっぽど楽かもしれん。
社長がぼそっと言う。
「ファミレスで同伴、喜んでくれるもんやって思ったら……なんか、映える店まで行って、
こっちは別にそんな行きたくもないのに付き合って、気張るような店行くぐらいやったら、
こっちもありかもな。」
さきちゃんは、そこでようやく少し強めに笑った。
「ありやと思いますよ。だって、私ら別に“高い店に連れて行ってもらうこと”
だけが嬉しいわけじゃないですから。」
「その感覚が、東京やともう分からんくなってるんやろな。」
「そうかもしれませんね。」
さきちゃんは、窓に映る自分の顔を一瞬だけ見た。
今日、自分が投げた球は、たぶん一個はちゃんと入った。
この社長の中で、“同伴って何なんやろ”っていう前提が、少しズレたのが分かった。
それだけでも十分や。全部を今日決めなくていい。
でも、店に着くまでのこのタクシーの中で、一個でも気づきを持ってもらえたら、
それは次につながる。
社長は、少しだけ機嫌よくなった声で言う。
「いやあ、今日は来てよかったわ。ふぐもよかったし、話も結構効いた。」
さきちゃんは、わざと軽く返した。
「ありがとうございます。じゃあ、その気づき、ちゃんと店まで持って帰ってくださいね。」
社長が笑う。
「またそうやって仕事に戻すんやな。」
「だって、ここからが本番ですから。」
タクシーはそのまま店の方へ向かって走る。
ネオンが少しずつ増えてきて、夜のモードに街が切り替わっていく。
さきちゃんはその景色を見ながら、胸の中でひとつだけ思った。
――よし、一個球は投げれた。
あとは、この空気のまま店に入って、ちゃんと回すだけや。




