鯛飯をよそってもらえたことに違和感。マクドで同伴も私らありですよのインパクトが強くて価値観が変わる
鯛飯が炊き上がるころには、店の空気もすっかりやわらかくなっていた。
厨房の奥からふわっと湯気の匂いが流れてきて、鯛の香りと出汁の香りが混ざる。
アルカちゃんはそれを見て、少しだけ得意そうに笑った。
「きましたね。」
店員さんが鍋を持ってきて、最後の仕上げだけしてくれる。
そのあと、アルカちゃんが茶碗によそい始めた。
「はい、どうぞ。」
社長は思わず両手を出して受け取りながら、
「ありがとうございます、ありがとうございます。」
と、妙に丁寧になる。その自分の反応に、一瞬おかしさを感じた。
――あれ、でもよく考えたら。六本木とか銀座で、こういう流れになったら、
俺の方から女の子によそってるな。
そんなことを思ってしまう。気まずいわけではない。
むしろ不思議と心地いい。けど、感覚が逆転しているのがわかって、ちょっと面白かった。
アルカちゃんは、そのちょっとした戸惑いごと見抜いたみたいに、何も言わずに笑っている。
社長は、ひと口食べた。
「……うま。」
その一言が、わりと本音そのままの声で出た。見た目よりちゃんと鯛の香りがして、
米の芯も残ってなくて、出汁がちょうどよく回ってる。
派手さはないけど、食べた瞬間に「あ、ちゃんと探してきた飯やな」とわかる味やった。
もうひと口。またひと口。
で、社長は顔を上げる。
「めちゃめちゃうまいやないか。」
アルカちゃんがすぐに笑顔になる。
「それ言ってもらうために、私も探した甲斐ありますわ。」
その返しが、また嫌味がない。“でしょ?”とドヤるんやなくて、ちゃんと
“探した時間”の話に落とす。そこも含めて、今日の流れのうまさやった。
鯛飯を堪能して、最後にお茶で流して、二人で一息つく。それから会計。
社長が伝票を見て、思わずまた声を出した。
「二人で一万円か。」
「そうです。」
「いや、安いな。」
寿司に行けば、二人で五万は普通にいく。
焼肉でも、ちゃんとしたところ行ったらそれぐらい飛ぶ。
東京では、じゃんけん負けて十五万払って「しゃあないな」とヘラヘラしてた夜もある。
でも、今日のこれは、そういう金の飛び方とまるで違った。
こんなにうまくて。ちゃんと気づきもあって。アルカちゃんとも話せて。この値段。
「やっぱリーズナブルやな……。」
社長がそうつぶやくと、アルカちゃんは首を振った。
「でも、せっかく店来てくれるのに、そんな高い飯奢ってもらって気まずいじゃないですか。」
社長が「気まずい?」と聞き返す。
「そうです。うちら本体って、言うたら店行ってもらうことなんで。
大阪の中で高いご飯の店でも、二人で二万円ぐらいです。
そんなところに五万とか六万使ってもらうぐらいなら、
その分、店で二セット三セットいてくれて、ドリンクもらった方が、
店の売上も立つし、こっちもありがたいんです。」
社長は、その理屈にちょっと感心した顔をする。
「なるほどな。」
「東京の人って、銀座で一セット十万平均みたいな社長さんもいるって聞いてるんで。」
「いるいる。」
「だったら、往復の新幹線代とホテル代と、うちらのとこで三セット遊ぶのと、
銀座一セットがだいたい一緒ぐらいなんですよ。
だから、“それならこっち来た方が得やん”って言って来る人、結構いますよ。」
社長はそこで、ふっと笑った。
「そういう計算か。」
「そういう計算です。」
言われてみれば、ほんまにそうや。
東京で高い酒を入れて、なんとなくその場の空気で終わるより、
こっちで移動して、飯食って、気づいて、店で遊んで帰る。同じ金額やのに、残るものが多い。
社長は、さっきから胸の奥に引っかかってることを、そのまま口にした。
「でも、今日いちばん気づき多かったんは、そこちゃうかもしれん。
マクドでも同伴が嬉しいって発想、俺にはなかった。」
アルカちゃんは少しだけ目を細めて、笑った。
「たぶん、そこって馬鹿にされがちなんですよ。“マクドで同伴とか、かわいそう”みたいな。
でも、違うんですよ。“来てくれる”ことがありがたいんです。」
社長は、そこで少し黙った。自分らがどれだけ軽く見られてたか、というより、
どれだけ“当たり前”やと思い込んでたかに気づいた感じやった。
「……ああ、そうか。東京、驕ってるんやな。」
「まあ、全部が全部そうとは言わないですけどね。」
アルカちゃんは、そこで少しだけ柔らかくした。
「あっちの子らはあっちの子らでブランドあるし、プライドもあるし、私よりかわいい子だって
いっぱいおると思います。やから、その辺はわからないです。でも、少なくとも大阪の、
言うたら私ら今日の三人は、その辺たぶん全然ありです。マクドで同伴って言われても、
普通に行くと思いますよ。」
社長は本気で驚いた顔をした。
「……マジか。」
「マジです。」
その一言が妙にまっすぐで、社長はしばらく笑っていた。
笑いながらも、頭の中では確実に何かがずれている。
六本木や銀座では、もう“当然”になっていたものが、こっちでは全然当然じゃない。
それどころか、その“当然”を疑うところから始まっている。
そこが面白い。そこが、たぶん今日の一番大きい土産や。
「……大阪、来よかな。」
ぽろっと、半分本音で出た。アルカちゃんは、すぐには乗らない。
ただ、ちょっと笑って言う。
「来てくださいよ。その代わり、ちゃんと気づいて帰ってくださいね。」
社長は、会計を済ませながら、ほんまに来るかもしれんなと思っていた。
東京の遊びが、ちょっとずつ崩れ始めている。その崩れ方が、嫌じゃない。
むしろ、気持ちええ。
北浜の路地を出ると、夜の風が少しだけ涼しかった。
社長は歩きながら、また小さくつぶやいた。
「……マクドで同伴、ありか。」
アルカちゃんは、その独り言を聞こえないふりして、前を歩いていた。




