支払いが二人で八千円!?東京で五万かけて感謝されないことに比べ何と価値が高いか。博子の引き出しにビビる
会計が来て、社長は伝票を見て一瞬だけ黙った。
それから、もう一回見直すみたいに数字を追う。
「……二人で八千円?」
博子は平然としてる。
「そうですね。あの後ちょいちょい頼みましたけど、それでこのぐらいです。」
社長は、思わず笑ってしまう。笑うしかない、という顔やった。
「いや、ちょっと待てや。鶏刺し食って、炭火焼き食って、チキン南蛮食って、
ナスも食って、芋焼酎も二杯三杯いって、で、これか。」
「そうです。」
「安っ。」
その一言が、店の外に出るまでずっと尾を引いていた。
博子は会計の横で、別に勝ち誇るでもなく、当然みたいな顔で立っている。
そこがまた、社長には妙に効いた。
東京でキャバ嬢と同伴する。それだけで、最低ラインは一人一万。
ちょっとまともにやったら二万、三万。寿司屋でも行こうものなら合計五万はいく。
しかも、その金額を出したからといって、何か特別なものが返ってくるわけでもない。
店選びもこっち。会話もこっち。気を遣って、空気を回して、ちょっとでも女の子が
楽しくなるように考えて、ようやく「楽しかったです」で終わる。
でも、博子は違う。
この値段で、コスパがいい、なんてもんやない。そもそも、比較の軸がずれている。
社長は歩きながら、頭の中で整理する。今日、自分は何に金を払ったんやろうと。
料理はうまい。それは確かや。しかも高くない。その時点で、もう東京の感覚から一段ずれている。
けど、本当に効いてるのはそこじゃない。
まず、自分が「気の利いた話」をせんでもいい。これはでかい。
東京で同伴する時って、結局いつもそうやった。
どこ連れて行くか考えて、店の格を見て、女の子の反応を見ながら、こっちが話題を振る。
沈黙にならんように、退屈させんように、機嫌を損ねんように。
金を払ってるのに、妙に“接待する側”に回る感覚がある。
でも博子は、そこを全部持っていく。
店に入った瞬間から、小気味よく仕切る。
メニューを見て迷う時間を切る。
「これ頼みましょう」
「ビールはまだやめといてください」
「ここは芋焼酎です」
そうやって、ぐいぐい来るのに嫌じゃない。
むしろ、その仕切りの良さに甘えられる。
“俺がこの女の子を楽しませなあかん”その負荷が、一気に消える。
その上で、気づきまである。
三円の日本酒。
三円のマグロ。
五十円のハイボール。
あの下町の看板群の衝撃。
そこから、ちゃんとした立ち飲みへ着地する流れ。
「高いから価値がある」じゃなくて、「安いのに価値がある」を見せつけられる感じ。
社長は、歩きながらぽつりと呟いた。
「……価値、高いわ。」
博子が少しだけ横を見る。
「そう思ってもらえたら嬉しいです。」
「いや、ほんまにな。これ、料理の値段だけ見たら安いねん。
でも、今日の体験として見たら、全然安売りちゃう。」
博子は笑う。
「そこ、分かってくれたら十分です。」
社長は、ホテルの方へ戻りながら、まだ頭の中で計算していた。同伴で五万使う。
でも中身は、料理と酒だけ。今日みたいに八千円で済んで、その代わりに
“気づき”と“余白”と“東京にない感覚”を持って帰れる。これ、どっちが高いんや。
答えは、もう出てる。
しかも博子は、別に“安いですよ”って顔をしない。あくまで、当たり前みたいに出してくる。
それがまた、社長には怖かった。この女、たぶんまだ引き出しある。
今日は“下町のちゃんとしてる”を見せただけで、次はまた別の顔を出してくる。
東京の遊びの前提が、根っこからひっくり返る予感がしていた。
金をかける場所。満足する基準。女の子との距離の取り方。
“遊ぶ側”の姿勢。それが、今日のたった数時間で、少しずつズレ始めている。
社長は、自分でもその変化が面白かった。
東京で長いこと遊んできたつもりやった。
銀座も六本木も、それなりに見てきた。
でも、あっちの遊びは、もう「型」やったんやと気づく。
金を出す。
酒が出る。
褒められる。
終わる。
その繰り返し。
博子は、その型を崩してくる。
しかも、押しつけじゃなく、街ごと使って。
ホテルの手前で、社長はもう一回言った。
「……来てよかったわ。」
博子は、ちょっとだけ得意そうに笑った。
「でしょう。」
その一言に、社長はまた笑う。
今夜は、ただ“うまいもん食った”夜やない。
東京の遊びを、底から見直した夜やった。




