同伴後半戦、料理も刺さっている。美味しい店やのにドヤってない感じがイイ。博子の座組が刺さってる
料理がひと通りそろってくる頃には、店の中の空気もだいぶいい感じに温まっていた。
満席ではないけど、ちゃんと埋まってる。隣の卓の笑い声も、奥の方で焼き場から返ってくる
返事も、全部が「流行ってるけど、気取ってない店」の音やった。
社長はまず、チキン南蛮に箸を入れた。衣の表面はちょっとだけしっとりしてて、
でも中はちゃんと熱い。タルタルの重さだけで押してくる感じやなくて、
下の甘酢がちゃんと効いてる。
「あ、これ……ええな。」
ひと口食べた瞬間の声が、ちょっとだけ素に戻る。
博子はそれを見て、すぐに追い打ちをかけへん。社長の顔が勝手に次の感想を出すのを待つ。
「酸っぱうまい、やな。タルタルでごまかしてる感じちゃう。ちゃんと酸味が立ってて、
でもキツすぎへん。これ、酒にも合うな。」
「そうなんですよ。」
博子はやっとそこで笑う。
「“ご飯のチキン南蛮”じゃなくて、“飲みのチキン南蛮”なんです。そこがええでしょう。」
社長は二口、三口と続けて食べてから、少し店の中を見回した。
「しかも、混んでる感じもええわ。」
「混みすぎてないでしょ。」
「そう。流行ってるけど、押しつぶされるほどじゃない。
東京やと、こういう“ちょうどいい混み方”の店、意外とないねん。
人気ある店はギュウギュウか、逆にええ値段取って余白作るか、どっちかや。」
博子は頷いた。
「その“どやってない感じ”が、今日の大事なとこなんです。いいもの出してるのに、
別に偉そうじゃない。これ、東京の人に刺さるんですよ。」
そこへ炭火焼きが来る。皿の上に、焼き目のついた鶏。香ばしい匂いがふっと立って、
柚子胡椒が横にちょこんといる。社長は見た瞬間に、「うわ、これはうまそうや」と顔に出る。
「ほら、これ。まずそのままひと口行って、次に柚子胡椒ちょっと乗せてみてください。」
社長は言われた通りにする。ひと口目は香ばしさと鶏の脂。
二口目に柚子胡椒が入った瞬間、顔が少しだけ上がる。
「……あ、うま。」
「でしょう。」
「いや、これええな。炭の感じだけでもうまいのに、柚子胡椒で締まる。
重たくなりすぎへん。しかも、こういうのって東京やと、妙に“名物です”みたいな
顔してくる店あるやん。ここ、全然どやってへんな。」
博子はそこにすぐ乗る。
「そうなんです。いいもの出してるのに、“ほらすごいやろ”って押してこない。
それがこの店の良さです。」
社長はグラスを持ち上げる。
「うまい割に、高くないのもまたええわ。なんか“いいもの食わされてる”のに、
“払わされてる”感じがない。」
「そこなんですよ。」
博子は少し身を乗り出す。
「東京って、値段で“価値です”って殴ってくるじゃないですか。でもこっちは、“あれ、
こんなに良かったのにこの値段でええの?”っていうズレがある。そのズレが気持ちいいんです。」
社長は、鶏刺しをつまみながらゆっくり頷いた。
「これ、東京にない感じやな。」
その言い方が、今日いちばん欲しかった感想やった。博子はすぐに大げさには反応せず、
でも目だけで少し笑う。
「ありがとうございます。今日はそこを持って帰ってほしかったんで。」
一杯目の千本桜がだいぶ減ってきたところで、博子は次の一手を出す。
「じゃあ二杯目、行きましょうか。」
「次、何や?」
「カラフルのソーダ割り。」
社長が笑う。
「名前、もう勝ってるやん。」
「勝ってます。でも名前だけじゃなくて、ちゃんと香りも勝ってる。」
店員を呼んで、カラフルのソーダ割りを二つ。
グラスが来るまでの少しの間、社長はまだ炭火焼きの皿をつついている。
「いやあ、今日来てよかったわ。」
ぽろっと出たその一言が、妙に素直やった。博子はそこで、ようやく少し肩の力を抜く。
「ほんまですか。」
「うん。前の“王道”もよかったけど、今日の“下町のちゃんとしてる”は、また別の刺さり方する。
こういうの、たしかに東京にはない。っていうか、東京で探そうとしても、探し方がわからん。」
二杯目のカラフルが届く。
淡い香りが立って、一杯目とはまた違う顔をしてる。
博子はグラスを軽く持ち上げた。
「じゃあ二杯目で、もう一回驚いてください。」
社長もグラスを持ち上げて、ちょっと笑う。
「今日は、ちゃんと“来た価値”あるな。」
その言い方に、博子は静かに頷いた。
昨日までの嫌な流れを、今日の店と酒と料理が、ひとつずつ上書きしてくれてる気がした。
外の三円、五十円の世界から始まって、ここで“ちゃんとしてる下町”に着地する。
その流れが、社長の中できれいに繋がってるのが分かった。――よし。今日は、ちゃんと刺さってる。




