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鶏と芋焼酎の店で小気味よく仕切る博子。昨日のショックを上書きできそう。社長もまんざらではない

店に入って席に通されると、博子はメニューを開いた瞬間に、もう迷いなく指を走らせた。

今日は“見せる日”や。ぐずぐず悩む時間すら、もう演出のうちやった。

「とりあえず、いくつか先にいっときますね。」

社長がメニューを覗き込みながら、まだ何を頼もうか考える前に、博子はさらっと言う。

「鶏刺し。鶏の炭火焼き。チキン南蛮。ナスの煮びたし。

この辺は外さないです。だから、先に頼んどきましょう。」

社長が笑う。

「早っ。」

「ここで迷う時間、もったいないんですよ。今日は“この店ってどうなんやろ”を

味わいに来てるわけやから、まずは鉄板を押さえる。で、そこから広げる。順番です。」

店員が近づいてくる。博子は小気味よくオーダーを通す。

「鶏刺し盛り、炭火焼き、チキン南蛮、ナスの煮びたし。あと、芋焼酎のソーダ割りで――」

そこで社長がメニューの焼酎欄を見て、ちょっと困った顔になる。

香り系だけでも二十種類近く並んでる。もう、初見殺しや。

「いや、これ無理やわ。全然わからん。」

博子は、ふっと口元を上げた。待ってました、という顔や。

「ですよね。だから、私が二つほど選ばせてもらいます。」

「おお、助かる。」

「千本桜と、カラフル。この二つのソーダ割り、この辺はもう固いです。

どっちか一個、まずいっときましょう。」

社長が目を細める。

「名前だけで、もうなんか強そうやな。」

「強いですよ。でも“芋くさいだけ”の強さじゃない。香りがあって、

ちゃんと話のきっかけになるやつです。」

店員が「どちらにされますか」と聞く。

社長がまだ迷ってる顔を見て、博子はすぐに畳みかけた。

「じゃあ最初は千本桜で。社長、ここで迷われたら一杯目いけないじゃないですか。」

その言い方が、もう半分ツッコミで半分仕切りやった。

社長が吹き出す。

「めちゃめちゃ仕切り屋やん。」

「いやいやいや、ここで迷ってたら始まらないんですよ。

しかも、間違っても最初にビールはやめといてくださいね。」

「え、なんでや。ビールうまいやろ。」

「うまいです。でも、せっかく芋焼酎ガンガン押してる店に来て、

一杯目ビールって、もったいないでしょう。それ、フレンチ来て最初にコーラ頼むぐらい、

気持ちがズレてます。」

「そこまで言うか!」

社長が笑いながらも、ちゃんと頷く。もう完全に博子のテンポに巻き込まれてる。

それがまた、嫌じゃないどころか心地ええらしい。

「いやでも、俺にこんなビシバシ言うやつ、東京でおらへんぞ。」

博子は何食わぬ顔でメニューを閉じた。

「それは、東京の人が優しすぎるんちゃいます?」

「ちゃうちゃう、みんな気ぃ遣ってくるねん。

“社長、どうします?”ばっかりや。お前みたいに“これやっときますから”

って切ってくるやつ、おらん。」

「だって、社長が悩んでる時間も、今日のコースの一部やから。いらん迷いは減らした方が、

感想がきれいに残るんです。」

その言い方に、社長は少しだけ感心した顔になった。

「ほんま、全部“設計”なんやな。」

「そうです。店選びも、歩かせ方も、頼み方も。“どう感想を持ち帰るか”まで考えてるんで。」

そこへ、千本桜のソーダ割りが先に出てくる。透明なグラスの上に、香りだけ先にふわっと立つ。

社長がグラスを持ち上げる前に、博子が言う。

「ほら、まず香り。」

社長が言われるままに鼻を近づけて、ちょっと驚いた顔をする。

「……あ、ほんまや。思ってた“焼酎”と違う。」

「でしょう。“芋焼酎=おっさんの酒”ってイメージのまま来ると、まずそこがひっくり返るんです。」

一口飲む。社長の眉が、ふっと上がる。

「なかなかええな、これ。」

「なかなか、じゃなくて、ええんです。」

「お前、訂正も厳しいな。」

「最初が大事なんで。」

ちょうどそこへ、ナスの煮びたしが来て、続けて鶏刺しが運ばれてくる。皿の見た目は派手じゃない。

でも、きれい。“ちゃんとした居酒屋”の空気が、すっと出る。

社長がテーブルの上を見て、小さく笑う。

「これ、さっきの三円の世界を見たあとやから、余計に“ちゃんとしてる”が際立つな。」

博子は満足そうに頷いた。

「そういうことです。何もないところから始めるんじゃなくて、一回“雑多”を見せたあとに、

“ちゃんとした下町”に着地させる。そうすると、同じ料理でも感想の出方が変わるんですよ。」

社長は鶏刺しに箸を伸ばしながら、もうすっかり上機嫌やった。

「いやあ、なかなかいいな。この、小気味よく切ってくる感じも含めて。」

博子はそれを聞いて、心の中で少しだけ息をつく。昨日までの嫌な流れを、

今日はちゃんと上書きできてる。外の雑多な世界から、この店の整った下町感へ。

その橋渡しが、今のところ綺麗にはまっている。

「じゃあ社長、ここからです。芋焼酎の二杯目行く前に、鶏、ちゃんと食べて感想出してくださいね。」

社長は笑いながら、もう一度グラスを持ち上げた。

「了解。今日はちゃんと“見せてもらってる”感じするわ。」

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