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東京イキリ社長との個別同伴、天満の駅前で東京との違いを見せつけて鶏と芋焼酎で博子が刺す!

博子は、東京イキリ社長をホテルの前で一回降ろして、荷物を預けさせると、

そのまま梅田の方へと歩き出した。

夕方の大阪駅周辺は、それなりに人が多い。観光客もおれば、仕事帰りの人間もおる。

ビルのガラスに夕方の光が反射して、妙に街全体がテカって見える時間やった。

社長は、周りを見回しながら言う。

「まあ、ありやな。東京に比べたら、そこそこ混んではいるけど……空いてるな。」

博子は笑う。

「そうでしょう。人はいるんですけど、ギュウギュウちゃうんですよ。

東京って、人が“圧”やないですか。大阪は、まだ“流れ”なんです。」

「その違い、わかるわ。」

社長はそう言って、ちょっとだけご機嫌になる。

この男は、言葉にされると嬉しいタイプや。しかも、自分が気づいたことを

上手いことまとめられると、すぐに“それやそれ”って乗ってくる。

梅田から環状線で一駅。天満に着いて、階段を降りる。すると、さっそく

いつものあの世界が顔を出した。

一合三円の日本酒。看板だけでもう、意味がわからへん。

社長は立ち止まって、素で言った。

「マジか。絶対これ、日本酒ちゃうやろ。なんか変なもん入ってるやろ。」

博子は吹き出した。

「そう思うでしょ? 私も最初そう思いました。でも、今日そこに

行くんじゃないですよ。今日は“見せる”だけです。」

「見せるだけで、十分おもろいわ。」

社長は看板を見ながら、半笑いで首を振る。

その数歩先には、マグロ三円の店。

その向かいには、ハイボール五十円の文字。

「ちょっと待てや。マグロ三円って、腐ってんちゃうか。」

「言うと思った。」

「いや、普通言うやろ。だって、歌舞伎町でそんなこと書いてたら、逆に怖くて入らんぞ。」

「そう。でも、ここは人が入ってるんです。しかも昼から。この“相場観のズレ”を、

まず食らってもらいたかったんです。」

社長は、看板から店内に目をやって、ほんまに人がいるのを確認してから、また笑った。

「なるほどな、博子。この前の王道のコースと、また全然違う球をぶつけてきたな。」

博子は、その言葉を待っていたみたいに、少しだけ顎を引いた。

「わかりますか?」

「そらわかる。この前が、言うたらフレンチや。ちゃんとした店行って、

余白作って、落としていく“正統派”。でも今日は下町の衝撃から入ってる。

“なんやこれ”を何発も食らわせてから、本命に連れていく感じや。」

博子は、歩きながら満足そうに笑った。

「そうです。味変しないとダメでしょう。同じカードばっかり出してたら、

社長みたいな人は飽きるじゃないですか。」

「言うなあ。」

「言いますよ。それに、今日はちゃんと見てもらって、その感想を店に持って

帰ってもらおうと思ってるんです。」

社長は、そこで少しだけ真面目な顔になった。

「店に持って帰る、って。ああ、反省会か。」

「そう。私だけが“刺した刺した”って思っててもしゃあないから。

社長が、何をどう感じたかを、ちゃんと言葉にして持って帰ってもらう。」

「相変わらず、抜け目ないな。」

そんなことを言いながら、二人は目的地の近くまで来た。

さっきまでの三円、五十円の看板群に比べたら、少しだけ小綺麗な外観。

でも、かしこまりすぎてはいない。立ち飲みやけど、ちゃんとしてる。

その“ちゃんとしてるけど、気取ってない”の具合が、ちょうどいい店や。

社長は外から中を覗いて言う。

「ああ、なるほどな。さっきの店群に比べたら、ちょっと小綺麗や。でも、

かといって高級ぶってるわけでもない。“そこに比べたら”っていう見え方をさせるために、

あえてあの通りを通ったんか。」

博子は、にやっとした。

「そういうことです。いきなりここ来ても、“うまそうな店やな”で終わる。

でも、さっきの通りを見てから来たら、“この辺の中ではちゃんとしてる”って文脈がつく。」

「いやあ……。ほんまに、お前は“文脈”で殴ってくるな。」

「札束で殴るのは、東京の社長の方でしょう。」

社長がそこで吹き出した。

「それを言うか。いやでも、今日のこれは確かにおもろいわ。

前回のやつが“上品な驚き”やったとしたら、今日は“街ごと食わせる”感じやな。」

「嬉しいですね、その表現。」

店の暖簾をくぐる。中から、焼いた鶏の匂いと、焼酎の気配がじわっと流れてきた。

店員の「いらっしゃいませ」が気持ちよくて、社長はもうその時点で少し満足そうやった。

席につきながら、社長は改めて博子の方を見る。

「今日のは、前のコースの焼き直しじゃない。ちゃんと“違う勝ち筋”を見せてきた。

それだけでも、来た価値あるわ。」

博子は、メニューを開きながら言った。

「ありがとうございます。じゃあ今日は、芋焼酎の方でまた一個、びっくりしてもらいます。」

社長は肘をついて、少し前のめりになる。

「よし。ほな見せてもらおうか。

“下町のフレンチ”の続き。」

博子はその言葉に小さく笑って、店員を呼んだ。

――ここからが、本番やった。

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