清掃会社社長の視点。博子、売れてなかったときに拾ってやったのになんやねん。
清掃会社の社長は、チェンジを入れてからも、腹の底のムカつきが収まらなかった。
フリーでついた女の子が気を遣って、ちょっと柔らかい話題を振ってくれても、正直もう入ってこない。返事はする。けど、気持ちは全部、さっきの博子とのやり取りに引っ張られていた。
――俺、なんぼ使ったと思ってんねん。
グラスを指で回しながら、頭の中でずっと同じ言葉が回る。
売れてない時に拾った。同伴もした。外にも連れ出した。
姫路も行った。飯も食った。気分ようさせた。
それで、ちょっとずつ仲良くなってきたと思ってた。
もちろん、嫁がおるから、どうこうしたいというところまで考えていたわけじゃない。
そこまであからさまな下心で動いてたつもりもない。けど、気が向いたら、
外でも付き合ってくれる子やったし、
「当たり引いたな」
「売れてない時に拾っといてよかったな」
ぐらいには思ってた。
それが、あんな切り方されるとは思わんかった。
社長の中でいちばん腹が立ってるのは、断られたことそのものより、
“価値が変わったから、あんたはもう違う”
みたいな空気を出されたことやった。
――東京のやつらが急にハマったからや。
――どうせたまたまや。
そう思おうとする。そう思わんと、やってられへん。
だって、急に札束で殴るような社長が現れて、
同伴も、外遊びも、何もかも相場が変わったみたいな顔をされるのは、
正直、屈辱やった。
「……ほんま、腹立つな。」
思わず口に出る。フリーでついた女の子が、少し困った顔で笑う。
「社長、そんな怒らんでも……。」
「いや、怒るやろ。俺、あいつが売れてへん時に拾ったんやで。
喜んでくれたらなんでもやった。俺は何やってんねん、って話やん。」
女の子は一瞬だけ言葉を探してから、慎重に返す。
「でも、博子ちゃんって、そんなに頻繁に店外しないですよ。
やったとしても、ご飯ぐらいで、あと結構ちゃんとお話して――」
「そんなんホンマと思ってんの?」
声が少し強くなる。女の子の顔が、あからさまに引く。
その反応を見て、社長はさらにイラつく。
なんでこっちが悪者みたいにならなあかんねん、という気分になる。
「暇やった時は遊んでくれてたんや。ほな今でも遊ぶの当たり前ちゃうんけ。
拾ってやったんやから。」
その言葉を口に出した瞬間、自分でも少し古いと思った。でも、もう引っ込みがつかない。
女の子は気まずそうに笑って、視線をそらす。会話にならん。空気は完全に死んだ。
そこに黒服が入ってきた。何となく全部察した顔で、柔らかく間に入る。
「社長、まあまあ。今日はワンセットで締めましょか。」
社長は舌打ちまではせんけど、鼻で笑う。
「……ああ、もうええわ。」
黒服は、さらに事務的な声で続ける。
「博子ちゃんは、これでNGになりますので。また別の女の子、
よかったら一からになりますけど、次もよろしくお願いします。」
その言い方が、妙に癪に障る。“次もよろしく”って、誰が来るか。
「誰が来るか。」
黒服は「まあまあ」と笑うだけや。
社長はもう、それ以上話す気もなくなっていた。
店を出る支度をしながら、頭の中ではまだ博子の顔がちらついている。
あの冷めた顔。線引きする声。
「帰ってもらえませんでしょうか」
あれは、かなり効いた。
――けど、これもありかな。
そう思う自分もいる。今は向こうが調子乗ってるだけや。
東京のやつらがたまたまハマって、たまたま札束で殴ってきてるだけ。
いつまで続くか分からん。売れてる時は、みんなそうや。
ちょっと相場が上がったら、すぐ勘違いする。
――どうせ、そのうち頭冷やすやろ。
――また同伴してっくれって言ってきたら、その時は考えたらええ。
今度こそ、外で何かやってもええかな。そう思わんでもない。
でも、今はちゃう。今はとにかくムカつく。かなり屈辱的なことされた。それだけは事実や。
店の外に出ると、夜風がちょっとだけ冷たかった。
社長はジャケットを肩にかけながら、最後に黒服へ言った。
「本当に売れなくなった時には、助けてやらんぞって、あいつに伝えといてくれ。」
黒服は曖昧に笑って、「はいはい」と流す。たぶん、まともには伝えへんやろう。
でも、それでいい気もした。言わんと気が済まんかっただけやから。
タクシーを拾って乗り込む。
ドアが閉まる瞬間まで、社長の腹の底には、まだ熱が残っていた。
けど本人の中では、自分は悪くない、という結論で、もう片付いていた。
拾ってやった。金も使った。外にも連れ出した。それであんな切り方される方がおかしい。
そう思いながら、社長は窓の外を見た。
夜の街が流れていく。腹は立つ。でも、女なんかまたどっかにおるやろ。
遊んでくれるやつも、そのうち引っかかる。
そう自分に言い聞かせながら、タクシーは闇の中へ走っていった。




