清掃会社社長にチェンジされる。関係は終わった。バックヤードでイライラを整える博子。これは仕方ない。今後の座組の考えに切り替える
「……とりあえず、チェンジや。」
清掃会社の社長は、博子の顔をじろっと見たあと、投げるみたいにそう言った。
で、そのまま続ける。
「チェンジして、もうワンセットおるわ。」
声のトーンは、明らかに不機嫌やった。でも、博子の中ではもう、そこで逆に気持ちが静まった。
ああ、やっぱりここやったんやな、と。
この人は、外遊びがなくなった時に、結局こういう切り方をする人やったんやな、と。
博子は何も言わず、黒服に視線だけ送った。
その視線で全部分かったんやろう、黒服がすぐに近づいてきて、
空気を切り替えるみたいに笑顔を作る。
「社長、じゃあここからはこっちで。博子は一回、後ろ下がりますね。」
博子は小さく会釈だけして、卓から離れた。
“あとはちょっと任せて”
そういう形で、黒服に完全にバトンタッチする。
後ろに下がりながら、博子は一回だけ深呼吸した。
腹の底にはイライラが残ってる。そら残る。
丁寧に返したつもりやったし、線引きも冷静にしたつもりやった。
でも、最終的に「チェンジ」で返されると、やっぱりムカつく。
ムカつくけど、同時に、もうこれ以上やらんでええという安堵もあった。
黒服はそのあと、うまいこと並べ透かしてくれた。
まだワンセット経ってへんから、残りの時間はフリーの女の子をつける。
そのまま延長はさせず、ワンセットで帰ってもらう。
店としても、客としても、最低限の形だけ整えて終わらせる。
変に揉めさせへん。そこはさすがやった。
ただ、そのフリーでついた子には、ちょっと申し訳ないなと思った。
どう考えても機嫌悪い状態の卓や。空気も悪いし、社長も不貞腐れてるやろうし。
そういうところに何も知らんフリーの子が入るのは、かわいそうではある。
でも、ここを引きずるわけにはいかん。
博子がそのまま座ってても、もっと面倒くさいことになるだけやった。
だったら、一回切る。店の仕組みに乗せて、処理する。
その方がまだ、全員にとってマシやった。
バックヤードに戻って、博子はソファみたいな椅子に腰を下ろした。
ドレスの裾を整える手が、ちょっとだけ荒い。
「……いや、でも、あれはもう無理やわ。」
小さくつぶやく。怒ってるというより、見切った感じに近い。
向こうは向こうで不満が残ったやろう。こっちもこっちで、腹に残るものはある。
でも、それでも、ここで引いてよかった。引かなかったら、もっと削られてた。
頭の中で、金曜の枠が一つ空いたことを確認する。清掃会社の社長との同伴。
あの“固定っぽいけど固定じゃない”曖昧な枠が、これでなくなった。
「……ほな、心置きなく、税理士先生に枠預け渡せるな。」
要するに、あっちの座組の方にちゃんと気を回せるってことや。
保険会社の人、弁護士先生、税理士先生。
あっちは“軽くやろう”って言ってくれてる。建前もあるし、空気も読んでくれる。
そこに時間を使える方が、よっぽど意味がある。
とはいえ、司会役みたいな立場になるのは、ちょっと怖い。
うまく回せるか。変に講義っぽくならんか。女の子たちの顔を潰さへんか。
その辺の不安は、普通にある。
でも、こういう時、個人で店やってなくてよかったな、とも思う。
もし自分一人で全部背負う店やったら、今日みたいな場面も、自分で全部処理せなあかん。
チェンジも、クッションも、黒服の仲裁もない。自分で怒らせて、自分で宥めて、
自分で帰らせて、全部自分の責任になる。
その点、キャバクラは守ってくれる。もちろん完全に守ってくれるわけやないけど、
こうやって間に入ってくれる人がいる。黒服がいて、店のルールがあって、
卓を切り替える仕組みがある。それだけで、どれだけ救われるか。
博子は氷の入った水を一口飲んで、目を閉じた。イライラはまだ残ってる。
でも、そのイライラは、もう“決着のついたイライラ”や。引くべきところで引いた。
それだけで十分やった。
「……よし。」
小さく息を吐いて、博子は顔を上げる。金曜の枠は空いた。
その代わり、気持ちの整理が一個進んだ。
大事にしたい人は大事にする。でも、違う人は違うと認める。
それもまた、今の自分には必要な仕事やった。




