清掃会社社長と決裂。外遊びありきの話で博子が線を引く。他の女探すぞと社長に言われ博子が関係を終わらせる
店に入って、清掃会社の社長を卓に座らせてから、
博子は「ちょっと着替えてきますね」と言ってバックヤードに下がった。
ヒールを脱いで、ドレスに着替えて、鏡の前でリップを引き直す。
でも、手は動いてるのに、気持ちはまだ外に置いたままやった。
そこへ黒服が、少しだけ困ったような顔で入ってくる。
「博子ちゃん、なんか今日、社長に冷たない?」
博子は鏡越しにその顔を見て、少しだけ苦笑いした。
「……うん。ちょっと冷めたかな。」
黒服が「何があったん」と聞いてくる。博子は短く事情を説明した。
外遊びの話ばっかりであること。
今の自分の状況を分かってるはずやのに、それでも“次どこ行く”しか言わないこと。
東京の社長たちが価値ごと相場を上げてきた今、前みたいに安い時間の切り売りはできないこと。
黒服は「なるほどな」と頷いた。
「まあ、外で遊んでると機嫌ええタイプやわな。やけど、中だけで満足するっていうのは、
ああいう人にはなかなか難しいねん。せやから、みんなメールしたり、ちょっと甘やかしたり、
色々やってる。」
博子は無言でピアスをつける。
黒服は続けた。
「でも博子ちゃん、今もう東京の社長バンバンついてるやん。ほぼ毎日同伴の枠埋まってるし、
それでも来てほしいって言うてる人おるんやろ?」
「おる。」
「ほな、もう別にどっちでもええんちゃう。その社長は、外遊びがなくなったら
勝手に引いていくと思うで。それが早いか遅いかの違いちゃうかな。」
その言い方は、妙に腹に落ちた。引くなら引くでええ。
無理して繋いで、こっちだけ削れるのが一番あほらしい。
博子は小さく頷いた。
「……ありがとう。ちょっと、言うわ。」
ドレスの裾を整えて、博子は卓に戻った。
社長は「お、待ったで」と機嫌よさそうに笑っていた。
その顔を見た瞬間に、逆にもう迷いがなくなった。
しばらくはいつも通り、軽い話をした。姫路城の話。
前に行った外遊びの話。社長は楽しそうに「またああいうの行きたいな」と何度も言う。
博子は、そこでふっと笑ってから言った。
「……でも、それって外遊びの話ばっかりじゃないですか。」
社長の顔が一瞬だけ止まる。
「は?」
「社長と喋ってると、結局“どこ行きたい”“また外で遊びたい”ばっかりで。
店の中でどう過ごすかとか、何が面白かったかとか、そういう話、あんまりないですよね。」
社長はムッとした顔になる。
「なんやお前。全然売れてなかった時に、同伴したったのに。」
博子はそこで逃げずに、まっすぐ返した。
「それは、感謝してます。でも、今は状況が変わったんです。」
社長が何か言い返しかける前に、博子は続けた。
「東京の人たちが、今わんわん来てるんです。しかも、札束で殴ってきはる。
ここで言うたらドン引きするぐらいの額、外で使ってます。」
社長の眉がぴくっと動く。
「……そんなにか。」
「そんなにです。でも、その人たちはただ外で遊びたいんじゃなくて、東京にはない視点とか、
座組とか、そういうのを求めてる。私の考え方や、発想にお金払ってるんです。」
博子は、グラスの氷をゆっくり回した。
「でも社長と行ってる時って、結局“旅行先で楽しかったね”で終わってる。それはそれで良かった。
前の私には価値があった。でも、今の私では……そのやり方では、もう価値が出せないんです。」
社長の顔が、目に見えて険しくなる。
「……何が言いたいねん。」
「中で満足してほしいんです。店の中で、私と喋って、それで十分やって思ってくれる
関係じゃないと、今の私は無理です。」
かなり露骨やった。でも、ここで濁したらまた同じ話になる。
社長は舌打ちまではしなかったけど、明らかにイラついた。
「そんなこと言うんやったら、もうええわ。ほな、他の女探すぞ。」
その言葉が出た瞬間、博子の中で何かがすっと切れた。
怒りじゃない。諦めに近い、静かな線引きやった。
「……それで探されたらいいと思います。」
社長が目を見開く。
「は?」
「別に今日は、二セットいてもらわなくてもいいです。うちの店で外遊びできる子
探すもよし、よその店で探すもよし。私は、もう無理なんです。」
社長が「お前な……」と声を荒げかける。でも博子は、最後まで冷静やった。
「ごめんなさい。今日のところは、帰ってもらえませんでしょうか。」
タクの空気が、一気に冷える。でも博子の声は震えてなかった。
もう決めてたからや。ここで曖昧にしたら、また同じ要求が来る。
それを受ける方が、よっぽど自分に失礼やった。
社長はしばらく黙っていた。怒ってるのか、呆れてるのか、プライドが傷ついてるのか。
その全部みたいな顔やった。
博子は、それでも目を逸らさなかった。この夜は、もう取り返さなくていい。
むしろ、ここで終わらせた方が、次に進める。
グラスの氷だけが、静かに溶けていた。




