金曜日同伴後半、清掃会社社長から外遊びできる子他で探そうかなとの発言。博子が急激に冷める
金曜の塩ちゃんこ。湯気が立って、店の奥の換気扇がごうっと鳴ってる。
社長はビールを半分ほど飲んで、鍋をつつきながらぼやいた。
「先週さ、ちょっとプラっと飲みに行ったんよ。…全然おもんなかったわ。」
博子は「そうなんですね」とだけ返して、具をよそった。
社長は続ける。
「博子と飲むと落ち着くねん。けど、姫路城の時みたいに、また外も行きたいなって
思ってもうて。今の状態やと無理なんやろ?」
その言い方が、ちょっとだけ“当たり前”っぽく聞こえた。
博子は箸を置かずに、声のトーンだけ変える。
「正直に言いますね。今は無理です。」
社長が「まあ、そうやろな」と笑う。でもその笑いが、どこか物足りなさの残る顔に繋がってる。
「外遊びありきやったからな、俺。そこがなくなると、楽しさがちょっと減ってくる感じはあるわ。」
博子は苦笑いで受け止めた。
分からんでもない。けど、それを“今の自分”にぶつけられると、しんどい。
「私が前、外を回せたのは……めっちゃ暇やったからです。
暇やったから、時間も体力も“外”に全部振れた。今は違います。」
社長は鍋の灰汁を見ながら、「せやな」と小さく言った。
そこで社長が、ふっと口を滑らせる。
「ほな、他の子もおるやん。外行けそうな子。探してみよかな。」
一瞬、ヒロコの目が止まる。鍋の湯気が、急に重たく見えた。
博子は笑わなかった。代わりに、ゆっくり、言葉を選ぶ。
「……社長。そういうこと言われるんやったら、金曜の枠、いったんフリーにしましょうか。」
社長が顔を上げる。
「は?」
博子は淡々と続けた。
「私、今は“丁寧に回す”が優先なんです。外遊びまで全部受ける余裕がない。
そこは社長も分かってはると思います。」
社長が「いや、分かってるけど」と言いかける。
博子はそこで畳みかけない。むしろ、最後の一線だけ、きっちり引いた。
「で、もし“他の子行こかな”って気持ちが出てくるなら。
それ、別に止めません。社長の自由です。」
社長がムッとする。
「おいおい、急に冷たいな。」
博子は首を振る。
「冷たいんじゃないです。フェアにしたいんです。私、今、土日も東京の案件で
埋まってきてて。金曜まで“当たり前に外も”ってなると、どこかで雑になります。
雑になったら、社長も嫌でしょう?」
社長は黙った。図星と、意地と、寂しさが混ざった黙り方。
博子は鍋の具を社長の取り皿に置きながら、少しだけ柔らかく言う。
「ご馳走いただいてるのは、ほんまにありがたいです。でも、その“ありがたい”と、
私の体力の限界は別なんです。私は、社長に来てもらうなら、気持ちよく帰ってほしい。
そのために、今は守りに入らなあかん。」
社長が、少し強めに言い返す。
「いやいやいやいや。俺、別に捨て台詞で言うたわけちゃうで?
“他の子行く”って、脅したいわけちゃうし。」
博子は小さく頷く。
「分かってます。でも、そういう言葉が出てくるってことは、社長の中で“満足が落ちてきてる”
ってサインでもあるんで。」
社長は「……」と黙り込む。
博子は、ここで少しだけ“すねる”を混ぜた。感情をぶつけるんじゃなく、相手に残る形で。
「私、丁寧にやってきたつもりやったんですけどね。
それでも“他の子”って言葉が出るんやったら……ちょっと残念です。」
社長が慌てて首を振る。
「いや、ちゃう。そういう意味ちゃうって。」
「じゃあ、言わんといてください。」
博子の声は穏やかなのに、線は硬い。
社長は、ビールを一口飲んでから、ぽつりと言った。
「…悪かったわ。言い方が雑やった。
俺、姫路城が楽しかったから、またああいうのが欲しくなっただけや。」
博子は少しだけ息を吐く。鍋の湯気が、元の温度に戻る。
「欲しくなるのは分かります。でも今の私は、あれを“当たり前”には出せないです。
それでも、ここで落ち着くって言うてくれるなら、店内でちゃんと回します。
それで足りへん日が来たら、その時は……その時に考えましょう。」
社長は苦笑いした。
「お前、ほんま、怖いくらい線引き上手いな。」
博子も苦笑いする。
「上手いんじゃないです。潰れたくないだけです。」
鍋はまだ煮えてる。空気も、ギリギリ煮え切らずに済んだ。
社長は箸を取り直して言う。
「…金曜、フリーにせんでええ。俺が悪かった。ここは、落ち着きに来てるんや。
外は、またタイミング見よ。」
ヒロコは頷いた。
「はい。そう言ってくれるなら、私も嬉しいです。」
ほんの少しだけ、場が戻る。
でも博子の中では決まってる。
“次に同じ言葉が出たら、本当に金曜は空ける。”
そういう線を、今日の鍋の湯気の中に、静かに置いた。




