金曜日、清掃会社社長と同伴。先週スキップされてイラついている。東京だけでなくこういう人も大事にせなあかん
金曜日。博子は少しだけ早めに店を出て、待ち合わせの場所へ向かった。
今日は清掃会社の社長との同伴。…正直、先週一回スキップしてしまったのが、
ずっと引っかかっていた。
「最近、ちょっと詰まってもうてて…すいませんでした。」
口に出すと、肩の奥のモヤが少しだけ薄くなる。
今日はその埋め合わせも兼ねて、鍋にしようと決めていた。
夏やけど、暑いときにあえて塩ちゃんこ。汗かいて、ビールで流す。
そういう“逆張り”は、社長の性格にも合う。
待ち合わせ場所に社長が現れる。シャツの襟元をパタパタしながら、開口一番。
「暑い日に鍋か?」
博子は笑って、すぐ返す。
「暑い日に鍋やからええんです。汗かいてスッキリして、そこにビール。…これ、刺さりますよ。」
社長は鼻で笑う。
「お前、言い方が上手いねん。」
「商売ですから。」
「いや、商売って言いながら、先週おらんかったやん。寂しかったで。」
そこを言われると、博子は一瞬だけ目をそらす。
でも逃げずに、素直に言う。
「ほんま申し訳ないです。私も、ここまでパンパンになると思ってなかったんですよ。」
店に着く。鍋の匂いがするだけで、ちょっと安心する。塩ちゃんこの湯気が、
空気を柔らかくしてくれる。席につくと、社長はビールを先に頼んだ。
「まずはこれや。暑いし。」
博子も頷く。
「そう。で、鍋は後から効いてくる。」
乾杯して、最初の一口。社長が言う。
「で、なんやねん。パンパンって。東京から鬼のように依頼来てるって、ほんまなんか。」
博子は少し笑って、でも言葉は丁寧に選ぶ。
「ほんまです。土日がね、もう“予約枠”みたいになってきてて。
チームで来る社長さんらが増えてるんですよ。」
「チーム?」
「三人とか四人で来て、同伴は別々。店で合流して反省会。次の日も、
軽くアフター回して帰る。…そういう“座組”が流行ってきてます。」
社長は箸を止める。
「そんな遊び方、東京の奴らするんか。」
「するんです。しかも、めちゃ喜ぶんです。」
「なんでや?」
ここで博子は、ちょっと間を置いた。
社長は清掃業。日々の現場感が強い人や。東京の社長たちの“疲れ方”とは、
種類が違う。だから、説明の仕方を変えなあかん。
「東京の人って、普段からずっとロジックで詰めてるんですよ。数字、評価、勝ち負け。
気づいたら遊びまで“札束で殴る”みたいになってしまってる人、結構います。」
社長は苦笑いする。
「まあ…わからんでもないな。金で解決してまうやつな。」
「そう。で、そういう人ほど、“金以外の気づき”が欲しくなるんです。自分でも飽きてきてるから。」
社長が鍋を覗き込む。
「でも、気づきって…何やねん。」
博子は鍋に具を入れながら言う。
「例えば、観光地のど真ん中じゃなくて、ちょっと外側。そこに“ちゃんとええ空気”がある、とか。
派手さじゃなくて、時間の使い方が贅沢、とか。そういうのを、口で説明するんじゃなくて、
“体験で”渡すんです。」
「体験で渡す…?」
「はい。店選び、移動、間の取り方。全部が“誘導”なんです。
ほら、今日もそうじゃないですか。暑い日に鍋って、普通は嫌がる。
でも、汗かいて飲むビールのうまさを想像させたら、社長の中で“それ、ありやな”ってなる。」
社長は、ちょっと笑った。
「確かに今、ありやなって思ってるわ。」
博子も笑う。
「そういうことです。東京の人は、その“あり”が枯れてるんです。
枯れてるから、こっちがちょっと水を入れてやると、めちゃ反応する。」
社長はビールをもう一口飲んで、じっと博子を見る。
「…で、そういうことしてたら、東京から鬼のように来るようになったんか。」
「そうですね。最初はたまたま刺さっただけなんですけど。
一人が“これは価値ある”って言い出したら、周りの社長も“何それ”ってなる。
そしたら次、次、って繋がっていって…今、私が追いつかへんぐらいになってます。」
「うわ、すげえな。」
社長はそう言いながらも、少し顔が曇る。
「…ほな、俺は後回しになるんか?」
博子は、その言い方に胸がきゅっとなる。
拾ってくれた人。調子悪い時期でも、雑に扱わずに来てくれた人。
ここを間違えたら、今の流れ全部崩れる。博子は、箸を置いて言った。
「ならないです。社長は“最初から見てくれた人”やから。そこは線引きします。」
社長が少し驚く。
「線引き?」
「はい。東京がどうとか関係なく、私は“義理”は守りたいんです。
ただ…今は本当に枠が少ないから、調整の仕方を考えてます。」
社長はふっと笑って、鍋の具をすくう。
「義理堅いな。ええやん。」
博子は、少しだけ力が抜けた。
「だから今日は鍋です。暑いけど、ちゃんこで汗かいて、ビールで流して、
最後ちょっと元気になって帰ってもらう。それが今日の座組です。」
社長は、湯気の向こうでニヤッと笑った。
「ほな…先週の分、取り返さなあかんな。」
「はい。今日はちゃんと取り返します。」
鍋が煮える音がして、空気がさらに柔らかくなる。
ヒロコは思う。東京の社長がどうこう以前に、こういう人を丁寧に大事にせなあかん。
パンパンになっても、ここを落としたら終わる。
湯気の向こうの社長の顔を見て、博子はもう一回、深く息を吸った。




