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水曜日。おじいちゃんとの同伴。聞いてほしいことはたくさん。老後の飯の話を思い出し焼肉

水曜日。おじいちゃんとの同伴の日。

昼間から、ヒロコの頭の中は落ち着かへんかった。喋ることは山ほどある。

東京の社長の電話の件もそうやし、弁護士先生との昼の点心もそう。

けど、今日はそれ以上に、先週おじいちゃんがぽろっと言うた言葉が、ずっと残ってた。

――老後の飯、そんな残らへんで。

――遊べるうちに遊べ。

あれ、軽い冗談みたいに言うてたけど、ほんまに刺さる。

それで店を探す。いつものおばんざい、いつもの刺身、いつもの焼酎。

……それもええ。けど今日は、変えたい。

「焼肉やな。」

そう決めてからは早かった。重くならん、少量でええ肉出してくれて、

半個室で落ち着ける。ガヤガヤしすぎへん店。

おじいちゃんは“場の空気”が大事やし、博子も今日はゆっくり聞き役に回りたかった。

夕方、待ち合わせ。おじいちゃんが来るなり、看板見て言う。

「今日は焼肉か。」

「夏やし。スタミナつけてもらおうと思って。」

おじいちゃんがニヤッとする。

「なんや。わしの言うたこと気にしとるんか。」

「めっちゃ気にしてますよ。」

博子は笑って続ける。

「おばんざいで“家庭的”攻めるのも好きですけど、先週の言葉が残ってて。

いろいろ試そう思って。」店に入ると、半個室の落ち着いた席。

煙も控えめで、照明も強すぎへん。

おじいちゃんが椅子に座って、ふっと息をつく。

「ええやん。ここ。」

「ちょっとお高いですけどね。」

博子が言うと、おじいちゃんが手を振った。

「店行く時点で金のこと気にすんな。晩飯ごときや。」

「いやいや、晩飯ごときって言えるの、かっこ良すぎますわ。」

おじいちゃんは焼肉のメニューを見ながら、平然と言う。

「金残してもしゃあないねん。腹八分で、うまいもん食えるうちに食え。」

博子は、その言い方の軽さが逆に嬉しかった。重たい話にしないで、でも芯は外さへん。

この人の“余裕”は、こういうとこにある。

注文が決まって、まず塩タン。

「ほな、塩タンから焼きますか。」

「それがええ。」

タンが網に乗る。ジュッと音がして、肉の匂いが立つ。

博子がトングを動かして、焼け具合を見ながら言う。

「おじいちゃん、今日はあんまり量いらんですよね?

ちょんちょんちょんで、ええ肉だけ食べましょ。」

「分かっとる。わしももう爆食いする体力ないわ。」

タンを返す。表面が軽く色づいて、脂が透ける。

おじいちゃんがそれを見て、ふっと笑った。

「……お前、最近ちょっと調子ええやろ。」

博子は一瞬だけ止まる。なんで分かんねん、その顔だけで。

「え、分かります?」

「分かる。店の選び方で分かる。今日は“落ち着いてるけど攻めてる”店や。

何かええことあった時の選び方やな。」

博子が苦笑いする。

「……鋭いなぁ。」

おじいちゃんがタンを頬張って言う。

「それで?聞くで。今日は何があったんや。」

博子はグラスを持ち上げる。今日はビールじゃなくて、軽いハイボールにした。焼肉やし。

「聞きます?」

「聞く。」

博子は少しだけ間を置いてから、ゆっくり話し始める。

「この前の東京の社長、あったじゃないですか。あの人、火曜の晩に電話してきはって。」

おじいちゃんが目を細める。

「ほう。まだ続いとるんか。」

「続いてます。で、私が前に投げた質問――奨学金とか、就労不能とか、仮眠室とか。

あれ、社長が本気で調べて、会社で動かし始めたらしくて。」

タンの次に、上カルビが来る。脂がきれいに入ってるやつ。

博子が網に乗せながら続ける。

「社長いわく、年間“数千万”単位で損失が回避できる計算になったって。」

おじいちゃんが一回だけ鼻で笑う。

「数千万。……ほらな。“気づき”ってのは金になるんや。」

「そうなんですよ。で、社長が言うんです。『包んだ50が安かった』って。」

おじいちゃんが箸を止めて、じっと博子を見る。

「……で?お前、なんて返した。」

博子は焼けた肉を皿に取って、落ち着いて言った。

「“増やさなくていい”って。定期的に遊んでくれる方が助かるって。

でも、ちょっとだけ煽りました。“浮いた分、私に渡してもいいんですよ?”って。」

おじいちゃんが吹き出す。

「お前、よう言うたな。」

「冗談ですけど、半分本気です。」

「その半分が大事や。」

おじいちゃんは焼肉を噛みながら、しみじみ言う。

「ええか。お前は“安売りするな”ってわしに言われとるやろ。社長が数字で分かったんなら、

余計にや。価値が分かるやつほど、払う。払うやつほど、もっと引っかかる。」

博子は黙って頷く。上カルビの脂が甘い。

口の中が幸せやのに、話はしっかり現実や。

おじいちゃんが言う。

「で、お前は?疲れてへんのか。」

博子は少し笑って、正直に言う。

「疲れてます。でも、悪い疲れじゃないです。ただ……土日が詰まりすぎてて、ちょっと怖い。」

「ほら来た。売れてるやつの悩みや。」

「やめてくださいそれ。」

おじいちゃんは笑いながら、肉を追加で焼く。

「けど、今日は焼肉で正解や。“余白”は飯でも作れる。お前、また上手なことしよる。」

博子はトングを置いて、軽く肩の力を抜いた。

「……じゃあ、もうちょい話していいですか。」

「聞く。今日は長丁場でもええ。」

タンの次は何にするか。ロースか、ハラミか。

そんな相談を挟みながら、博子は“東京の社長がどう変わったか”を、

もう少し深いところまで話し始める。

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