東京メイン社長。博子のアドバイスで数千万の効果に感謝の電話。遊びに来てくれるのは嬉しいがバランス考えてくださいね。
火曜日の晩。博子のスマホが震えた。
画面に出た名前を見て、博子は一瞬だけ笑ってしまう。
――絶対、メールじゃ済ませへんやつや。案の定、着信。
「はい、お疲れさまです。」
出た瞬間、向こうの声がもう弾んでた。
『ヒロコちゃん、今ええ? いや、メールでも送れるねんけどな。
今日の件、効果が抜群すぎて、これは電話で礼言わなあかんと思って。』
「いきなり熱いですね。」
『熱いわ。調べた。』
声が一段落ち着いて、でも興奮は残ったまま続く。
『奨学金もそうやけど、うちの会社、よう辞めてた。3年で3割。
今までも数字では見とったけど、改めて腹に落ちた。
で、奨学金の肩代わり、やっぱ効くわ。採用の刺さり方が変わる。』
博子は「へぇ」と相槌を打ちながら、心の中では「出た出た」と思っていた。
社長がこういう時に、ちゃんと数字で固めてくるのは知ってる。
『あと就労不能な。正直、君が言うてた“おじさん”の話、俺も引っかかってた。
俺の会社が何かしたわけちゃうけど、メンタルで潰れて辞めてく人、毎年おる。
そこも制度導入する。団体で最低ライン入れて、上は選べる形にする。』
「おお、踏み込みましたね。」
『踏み込むよ。で、仮眠室。これも作る。3人寝れるスペース。
布団でもリクライニングでもええ。衛生ルール決めて回せば、コストなんか知れてる。』
そこで社長が、ちょっと笑った。
『でな。全部見積もり出してみたら、年間、数千万浮く計算になった。採用コスト、
教育コスト、引き継ぎ、遅延、現場の疲弊。“浮く”って言い方が雑やけど、実態としてそうなる。』
博子は、間を置いて言った。
「……なるほど。いいですね。」
『いいですねちゃうねん。これ、博子ちゃんの気づきのおかげや。
何の気なしに投げたフリしてたけど、半分は分かってて投げたやろ?』
博子は即答した。
「わかってました。」
『ほら!』
「でも、社長がやるかどうかは別です。そこは読めないです。ただ、
先週のお菓子会の話聞いてたら……やるやろなって思ってました。」
『当たってたな。』
博子は少し声のトーンを落として、悪戯っぽく続けた。
「正直、ワクワクしてました。社長が普段と違うことして、部下が
“え、社長どうしたんですか?”ってなるの、想像して。私、ニヤニヤしてました。」
社長が堪えきれずに吹き出した。
『なんじゃその遊び方! こわっ。』
「でも、楽しそうじゃないですか。」
『楽しいわ。でな、ここからが本題や。俺、改めて思った。包んだ50、めちゃ安かった。
だって年間数千万やで。もっと包んでもよかったわ。』
博子はすかさず笑って返す。
「いやいやいや。私は“定期的に遊んでくれる”方が助かってます。
金額をどんどん上げなくていいです。」
一拍おいて、博子がさらっと刺した。
「……でも、そんだけ浮いたなら、私に渡してもいいんですよ?」
『出た。』
「冗談です。でも、半分本気です。あと、経費で切れるでしょ。こういうの。」
社長の声が少し真面目になる。
『切れるな。コンサルとして切れる。成果もあるし、部下に資料作らせて、
報告書っぽくして…契約じゃなくても、形だけ整えたら、もっと大阪来やすい。』
博子が噛みつく。
「え、じゃあますます大阪来れるじゃないですか。」
『やばいやばい。今週行こかな。』
「今週は無理です。東京の社長が2人ついてくるって言ってるんで。でも社長、
例の“5万引いた分”ね。」
『うん?』
「他の2人の社長に“一杯おごる代”も入ってるんですよ。一回飲んで、今回の成果の話、
していいと思うんです。“大阪で遊んだら会社の金が浮いた”って、強すぎるネタですし。」
社長が笑いながら唸る。
『確かに。ただ、その話したら、博子ちゃんに人気殺到するぞ。』
博子はあっさり言った。
「そこは大人の対応でいいんちゃいます?反省会で私が軽く“講義”したらいいです。
鉄板コースの解説、みたいな。」
社長が急に不機嫌そうに声を上げる。
『なんで俺が、そんなことされなあかんねん。俺だけの気づきやのに。俺だけの博子ちゃんやのに。』
「出ました。社長、プリプリしてる。」
『プリプリするわ!』
博子は笑いながら、最後に釘を刺した。
「でも、その“独占したい”って気持ちが出た時点で、もう刺さってる証拠です。
大丈夫。私、逃げません。ただ、チーム戦もあるんで、そこだけは空気読んでくださいね。」
電話の向こうで、社長が一瞬黙ってから、低い声で言った。
『……分かった。大人の対応な。練習しとく。』
博子は「お願いします」とだけ返して、通話を切った。
スマホを置いた瞬間、ひとりで小さく笑う。流れは悪くない。釣り糸も垂らした。
あとは、社長がどう泳ぐか――それを眺める夜やった。




