東京メイン社長の火曜日。部下から報告が上がり年間数千万の損失回避、効果があるとわかり博子に感謝
火曜日。部下から、ざっくりの見積もりが上がってきた。
社長は、紙の束を受け取って、最初のページだけ見て、もう笑ってしまった。
笑うしかない、っていうやつや。
「……やっぱ、1,000万は固いな。」
部下が頷く。
「固いです。ていうか、下振れしてもその辺は出ます。
で、空気とか採用の質まで入れたら、数千万って言い方も、盛ってないです。」
社長は机に肘をついて、数字を追う。その瞬間、ふとヒロコの顔が浮かんだ。
――あの時、5万引いて、代わりに“質問”を置いていった。
奨学金と、就労不能の話。申し訳程度の質問、って顔してたけど、あれは釣り糸やった。
こっちを動かして、話題を切らさず、次の接点を作る。
「……これ、博子ちゃんに言わなあかんな。」
社長はぽつりと言った。自分で言うのも変やけど、あの土日で50包んだのは、
確かに“結構払った”側やと思ってた。銀座で溶かす金がこっちに動いた感覚もある。
でも、あれは1日丸ごと付き合って、天満の驚きも、焼酎も、店の立ち回りも、
全部含めての50や。納得してた。
けど、今目の前にある数字は、別の次元やった。
「……次の日と、その次の日の効果がえぐいな。これ、下手したら数千万単位で会社の金、浮くぞ。」
部下が苦笑いする。
「社長、そこまで言うと、逆に怖いですよね。でも現実です。」
社長は次のページを見る。離職のところ。ここが一番生々しい。
部下が説明する。
「うち、3年以内離職がざっくり3割。採用30人なら、10人は3年以内に辞めてます。」
社長が眉を寄せた。
「……10人か。思ったより多いな。」
「採用費は1人120万ぐらい。そこに育成コスト、現場の引き継ぎ、プロジェクト遅延、周りの疲弊。
“見える分”だけでも2〜300万/人は普通に乗ります。10人で、もうそれだけで
2,000万〜3,000万飛んでます。」
社長は一瞬、黙った。自分が“忙しい”って言い訳しながら、見ないふりしてきた数字や。
「で、ここがポイントです。」
部下が指で線を引く。
「これが1人減るだけでも、200〜300万。2人減れば500〜600万。
そこに採用のしやすさ、ミスマッチ減、現場の空気の改善が乗ってくると、
年1,000万は見えてきます。」
社長は深く息を吐いた。
「……就労不能の団体保険は?」
「コストはかかります。でも、うちの売上からしたら“仕入れ”レベルです。
炎上リスクと休職トラブルの摩擦が減るなら、むしろ安いです。」
「仮眠室は?」
部下が肩をすくめる。
「掃除ルールさえ決めれば、ベッド3つ置くだけです。正直、プライスレスです。最後雑ですけど。」
社長が笑った。
「最後、雑やな。」
でも、その雑さが逆にリアルで、社長は腹の底で納得していた。“勝ち筋”って、こういう時に出る。
社長は紙を置いて、即決した。
「ほな、全部やろう。」
部下が一瞬固まる。
「え、全部ですか?」
「奨学金。就労不能。仮眠室。やらん理由ないやろ。2〜3000万の損失が回避できるなら、やる。」
部下が恐る恐る言う。
「でも奨学金、対象が若手中心やと、他の層が文句言うかも…」
社長は即答した。
「ほな手当、月5,000円ベアアップで回避したらええ。全員に薄く返す。文句止まる。」
部下が目を丸くする。
「……そんな簡単に決めていいんですか。労組とか…」
社長は笑って手を振った。
「いいよ。5000円で何が変わるって、昔の俺なら言うた。でもな、今は逆や。
“5,000円で空気が変わるなら安い”や。」
部下が、ようやく笑った。
「社長、本当にどうしたんですか。」
社長は少しだけ間を置いて、照れくさそうに言った。
「どうしたんやろな。でも、気づきって高いんやな。
俺、今まで高いもんに金払ってたけど、あれ、薄かったわ。」
部下が頷く。
「やる気、変わりますよ。ほんまに。“社長がちゃんと見てる”って空気だけで、
現場のテンション変わります。」
社長はもう一回、ヒロコの顔を思い出した。50万包んだ。納得してた。
でも、今の数字を見ると、あれは“遊び”の顔したコンサルやった。
「……火曜の晩に、連絡するわ。ちゃんと返事する。質問投げてきたあれ、たぶん遊びやない。」
そう言って社長は資料を閉じた。もう次の動きが決まってる顔をしていた。
部下が、最後にぽつり。
「社長、早いですね。判断。」
社長は笑って立ち上がった。
「遅い分、今は早くする。」




