東京メイン社長。お菓子会の後、部下にそれぞれの簡易見積もりを報告もらう。年間軽く1,000万は効果あるっす
お菓子会が終わって、紙皿と空になった箱が片付けられていく。
社長は椅子にもたれて、さっきのメモを指でトントン叩いた。
「……ま、ええ話なのは分かった。でも俺、数字見たいわ。ざっくりでええから。」
部下が「ですよね」と笑って、ノートを開く。
社長は続ける。
「売上はみんなで頑張ろう、は変わらん。
でも“マイナスのコスト減らす”って、俺あんま真面目に考えてなかったなって今思った。」
言いながら、ふっと表情が落ちる。
「辞めていったやつにも、正直、悪いことしたと思う。
メンタル病んだやつも、人数で言うたら数人とか、いて十人とかやろうけど、
本人らにとってはそれが全部やしな。」
部下たちが黙る。
社長はそこで、少しだけ自嘲気味に笑った。
「責任全部は取れんかもしれん。けど、やれることは試行する。
で、仮眠室とかもな、1時間2時間“サボった”ところで、数字出たらええやんって最近思う。
テンション変わるなら、そっちの方がよっぽど得やろ。」
部下が頷いて、ペンを走らせる。
「じゃあ、ざっくり試算の置き方ですけど――まず“辞められるコスト”からいきます。」
社長が「頼む」と短く言う。
部下は数字を並べる。
「さっき言うてた通り、エージェント経由の採用コストは年収の3割。
新人年収400万なら、1人あたり120万。ここは確定で出ます。」
「うん。」
「で、辞めると“採用費”だけじゃなくて、育成の人件費、引き継ぎ、プロジェクト遅延、
周りの士気の低下が乗ります。ここは会社によって違うんですけど、
雑に“採用費+追加100〜200万”で見ると、1人辞める損失がざっくり220〜320万ぐらいになります。」
社長が眉を上げる。
「そんな行くか。」
「行きます。むしろ軽めに見積もってます。
で、社長の感覚で“3年で3割”って言うてましたよね。」
「うん。入って3年で3割は、まあ普通にある。」
「仮に社員300人の会社で、毎年新卒・中途合わせて30人入れてるとして、3年で3割辞めるなら、
年換算でだいたい同年代で3人×3年で9人前後が“早期離職”で抜けてるイメージになります。」
社長は口をすぼめる。
「9人か。数字にしたら少ないけど、でも痛いな。」
部下が頷く。
「で、もし施策で“辞めるやつが2〜3人減る”だけで――2人減ったら、
2×(220〜320万)=440〜640万。3人減ったら、660〜960万。
ざっくり年間で“数百万〜1000万弱”は現実的です。」
社長が息を吐く。
「……年間1000万は硬い、って言うてたの、こういう積み上げか。」
「はい。しかもこれは“見える損失”だけです。
採用が楽になったり、現場の空気がよくなって生産性が上がる分は入れてないです。」
社長は机を指で叩く。
「次。奨学金や。採用のしやすさ、どれぐらい変わる?」
部下は少し言い方を選びながら言う。
「“奨学金肩代わり”って、ぶっちゃけ縛りになります。でも、学生側から見たら
“安心の買い取り”なんですよ。月1.5万でも、固定費が減るってメンタルに効きますし、
応募理由になる。」
社長が頷く。
「なるほどな。」
「ここは試算が難しいんですけど、たとえば採用の母集団が増えて、
ミスマッチが減って、結果的に早期離職がさらに1人減るだけでも、さっきの計算で
年200〜300万相当です。あと、内定辞退の減少とかも地味に効きます。」
社長が言う。
「就労不能の団体保険は?」
部下が即答する。
「コストとしては“全員加入の最低ライン”にすると、1人月数百円〜千円台のレンジに
収まることが多いです。設計次第ですが。仮に月1000円×300人×12ヶ月なら、年360万。
これで休職トラブルの摩擦が減って、炎上リスクも抑えられるなら、
コストとしては許容範囲だと思います。」
社長は腕を組んで、少し笑った。
「……やっぱ“優しさ”じゃなくて、リスク管理やな。それで社内の空気もよくなるなら、
なおさら安い。」
部下が頷く。
「あと、仮眠室はほぼ設備費だけです。空き部屋使うなら初期数十万〜。
運用はルールだけ。“昼寝=悪”って空気が変わるだけでも、メンタル持ち直す人出ます。」
社長は、ふっと天井を見た。
「こういうのってさ。売上の“プラス”を取りに行くのばっか考えてたけど、
マイナスの穴塞ぐだけで、勝手に数字残るんやな。」
部下が笑う。
「そうっす。穴塞ぐの、めっちゃ効率いいです。」
社長は頷きながら、ふと別の顔になる。
あの大阪の博子。包んだ金以上のものを、平気で返してくる。
“気づき”を投げて、翌日には行動が変わってる。しかも、それを本人は大げさに言わない。
社長は小さく笑って、部下に言った。
「今週中に、数字まとめろ。“年間どれぐらい穴が塞げそうか”の表、一本でいい。
仮眠室・奨学金・保険、ざっくり3パターン。低・中・高。」
「了解です。」
社長は立ち上がって、最後にぽつり。
「……俺、遅いよな。気づくの。」
部下が一瞬止まって、軽く首を振る。
「遅くないっす。気づいた人が、動いたら早いんで。社長。」
社長は「ほな、動くわ」とだけ言って、会議室を出た。
背中が、先週より少し軽そうやった。




