東京メイン社長の月曜日のお菓子会。奨学金の肩代わり、就労不能保険の話、仮眠室の話
お菓子会がひと段落して、紙皿とフォークが山になりかけた頃。
社長はコーヒーを片手に、さっき資料を持ってきた部下たちの方へ視線を向けた。
「ほな、今持ってきたやつ。ざっくり聞かせて。」
部下はメモを広げて、少しだけ咳払いをしてから話し出す。
「まず前提なんですけど、せっかくうちで育てた子が離職するのって、正直マジで意味わからんっす。」
社長が頷く。
「分かる。採用コスト、いくらや?」
「エージェント経由やと、だいたい年収の三割です。
新人の年収がざっくり四百万として、百二十〜百五十万ぐらいですね。」
「ボコボコ辞められたら、燃やしてるだけやな。」
社長がそう言うと、周りが苦笑いする。
笑いながらも、みんな“ほんまそれ”の顔をしてた。
部下は続ける。
「それで、離職を抑える施策として、奨学金の立て替え支援は意外と効きます。
一時的にドンと払う会社もありますけど、多くは月額で、例えば一万五千円×十二ヶ月×年数、
って形です。」
社長が指で計算するように空中をなぞる。
「十年で……一万五千×十二×十。百八十万か。」
「です。最大でもそのレンジ。で、これ“押し出してる会社”多いっす。求人に書ける。
応募が増える。辞めにくくなる。」
社長はコーヒーを一口飲んで、少しだけ笑った。
「百二十万払って採って、すぐ辞められるぐらいなら、百八十万で十年つなぐ方が意味あるやん。」
「そういう話っす。」
会議室なら、ここで“財務インパクト”とか“ROI”とかが飛ぶ。でも今日は、
お菓子会のノリが残ってるから、言葉が柔らかい。
その分、話がスッと入ってくる。
社長が次を促す。
「で、メンタルの話。就労不能の保険は?」
部下が少し表情を締めた。
「正直、“メンタルは自己責任で管理しろ”って言う人もいるんですけど、
訴訟リスクと、晒されリスク、ありますよね。」
「晒されリスク?」
「オープンワークとかで、うちもちょいちょい書かれてます。悪口っていうか、
まあ……ネガティブなやつ。あれが積み上がると採用に効くんで。」
社長は目を細めた。
「確かに。あれ、地味に効く。」
部下が頷く。
「なので、全員加入の団体で最低ラインだけ引くの、ありです。“下は会社で守る、
上は個人で選べる”の二段構えにする。最低限だけ持たせて、あとは任意で上乗せとか。」
「なるほどな。会社として“放置してません”が出せる。」
「です。あと、休職の入り口で揉めるより、仕組みで先に受け皿作った方が、結果的に安いっす。」
社長は、ケーキの最後のひとかけを指でつまんで、口に運びながら考える。
「…“優しさ”ってより、リスク管理やな。」
部下が笑う。
「まあ、そう言い換えると社長向きっすね。」
周りがクスッと笑う。社長も少しだけ口角を上げた。
「で、仮眠室。どうすんの?」
部下が待ってましたみたいに言う。
「空き部屋あるなら、そこです。リクライニングのソファでもいいし、
ぶっちゃけ簡易の布団でもいい。三枚ぐらい敷いといて、使うやつ増えたら整備する感じで。」
「衛生面は?」
「そこは運用です。清掃ルール作るか、簡単にシーツ交換できるようにするか。
最初は“試験運用”でいいと思います。」
社長は腕を組んで、ふっと笑った。
「休む時間増やしたら、サボり増えるとか言うやつ出るやろ。」
部下が即答する。
「出ます。でも、逆です。潰れて休職される方がコスト高いっす。
あと、“休憩時間として計上”って形にすれば、筋も通ります。どうしても気になるなら、
遅め残業で調整してもいいし、運用は作れます。」
社長がうなずく。
「多少の不満や差が出ても、休職や辞められることを思えば安いもんか。」
その言い方が、妙に軽い。部下たちは顔を見合わせて、同じ疑問を抱いたのが分かった。
誰かが、恐る恐る言う。
「社長……ほんと、どうしたんですか?」
社長は一瞬だけ止まって、ケーキの箱を見た。
それから、笑って言った。
「どうもしてへん。……ただ、最近ちょっと気づいたんや。
硬いままやと、人も会社も、先に割れるって。」
部下がぽつりと言う。
「社長、それ、急に言うと怖いです。」
社長は肩をすくめた。
「怖いか。ほな、怖くないようにやるわ。今日みたいに、ケーキ食いながら。」
また笑いが起きる。
でも今度の笑いは、さっきより少し安心が混じってた。
社長はコーヒーを置いて、最後にまとめる。
「奨学金、就労不能、仮眠室。まずは試算と案を出せ。今週中に一次。
で、時々三時のお菓子会は継続。俺が怒らん時間、固定で作る。」
部下が「了解です」と返す。その返事のトーンが、いつもより軽かった。
社長は内心で思う。
──これだけで、空気が変わるなら、今まで何を意地張ってたんやろな。
でもその答えは、まだ言葉にしない。
今日は、ケーキの甘さと一緒に流しておく。




