グラングリーンでお別れの際、お手当を弁護士先生からもらうも1万返す。計算済の弁護士先生。お互い笑い合いお別れ
グラングリーンの芝生でコーヒーを飲み終わって、二人はゆっくり立ち上がった。
芝の匂いがまだ鼻に残ってる。大阪駅の方向に歩き出した瞬間、空気がまた“都会”に戻る。
人の流れ、靴の音、信号の音。せっかく整った心が、また現実に引っ張られそうになる。
先生が、少しだけ歩幅を緩めて言った。
「博子さん。」
「はい?」
先生はカバンから、白い封筒を取り出して、さらっと差し出した。
手つきが妙に落ち着いてる。
「これ、一応。」
博子が受け取ろうとして、手を止める。
「……え、なにこれ。」
先生は目を逸らさずに言う。
「中に、三万入ってる。」
「は?」
博子が思わず笑ってしまう。
「いやいや、先生。昼ランチと散歩ですよ? 何してんすか。」
先生は肩をすくめた。
「昨日、二セットで帰ったやろ。」
「帰りましたね。」
「実は、あれな。」
先生が少しだけ声を落とす。
「このためなんですわ。」
博子は封筒を見て、先生を見る。
「どうせ昨日、店でワンセット追加して、なんやかんや使うくらいなら、
今日ここで、博子さんに直接渡した方がええかなと思って。」
言い方が、妙に“合理的”で、逆に笑えてくる。
博子は封筒を開けるまでもなく、すぐに中身が見える程度に覗いて、すっと封筒を閉じた。
「……先生、真面目すぎ。」
「仕事柄です。」
「いやでも、三万は多いって。」
博子は封筒から二枚抜いて、一万を先生に返す。
一万だけ残して、封筒ごと戻そうとする。
「私はね、こういう“まとめ払い”より、ダラダラ来てくれる方が嬉しいんです。
別に三セット来てもらわなくてもいい。
でも、ちゃんと店に顔出してくれて、セットで座ってくれて、話してくれる。
それだけで、十分恩感じてんねんで。」
先生は受け取った一万を見て、ふっと笑った。
「やっぱ一万返すんや。」
「返します。」
「……いや、実はな。」
先生が封筒を軽く指で叩いて言う。
「ほんまは二枚渡そうと思ってたんです。」
「え?」
「でもヒロコさん、だいたい一万抜いて返してくるやろ。
だから最初から多めに入れときました。」
博子は一瞬止まってから、吹き出した。
「先生、私の扱い分かってきましたね。」
「分かってきました。学習しました。」
「いや、学習って言い方。」
「仕事柄です。」
二人で笑う。
笑ったらもう、空気が柔らかくなる。こういうところが先生の楽なとこやな、と博子は思う。
大阪駅の手前で、先生が少し真面目な顔に戻る。
「でも、今日は助かりましたわ。ほんまに、こういう“ゆるい時間”がないと、
僕、どこで息していいか分からんくなる。」
「大げさ。」
「大げさちゃう。ほんま。」
博子は片手を軽く上げる。
「じゃ、また。火曜か木曜、どっちか空いたら言うてください。先生なら、私も作れます。」
先生は頷いて、少しだけ照れた顔で言った。
「ほんま、特別扱いしてくれるな。」
「扱いやすいんで。」
「またそれ。」
笑いながら、先生は改札の向こうへ消えていった。
——火曜日の夜。
博子は“休み”のはずの部屋で、布団に沈んでゴロゴロしていた。
昼に会って、芝生でコーヒー飲んで、封筒で一回笑って。
それだけで、今日はもう十分やった気がする。
「先生みたいな客、ほんまありがたいな……。」
東京の社長みたいに派手に火をつけるわけでもない。
でも、こうやって“ちゃんと会いに来る”人がいるから、土日に振り回されても戻ってこれる。
ベッドの上でスマホをいじりながら、ヒロコは小さく息を吐いた。
明日からまた座組、また段取り、また更新。
でも今日は、思い出し笑いができる夜や。
封筒から残した一万円を引き出しにしまって、博子はもう一回布団に潜り込んだ。
「……よし。今日はゴロゴロする日。」
そう言って、画面を暗くして、ゆっくり目を閉じた。




