グラングリーンの芝生を見ながら150円のコンビニコーヒーを飲む弁護士先生と博子。贅沢な昼休憩
グラングリーンの芝生の端っこで、ちょうどええ感じに座れる場所を見つけた。
博子は先にセブンでコーヒーを二つ買って、先生に一つ渡す。コップのフタを指でカチッと押して、
湯気の匂いを確かめる。
目の前には、ベビーカーを押してるお母さんがぽつぽつ。制服のまま、明らかに
授業サボってそうな高校生が、芝生に寝転んでスマホいじってる。
七月やから噴水も細かく動いてて、水しぶきが光ってる。大阪駅のど真ん中で、
妙に“夏休み前の空気”みたいなんが出てた。
先生が言う。
「なんか不思議やな。ここ。大阪駅の真ん前やのに、ゆるい。」
「でしょ。」
博子はコーヒーを一口飲んで、吐く息を少し長めにする。
「これはね、開発の勝利ですよ。ほんまに。」
先生が笑う。
「急に断言するやん。」
「だって、ここにタワマンとかバカバカ建てて、影作って終わり、
みたいなのもできたわけじゃないですか。でも“余白”作ったの、マジで偉い。
駅前って、詰め込んだら終わりなんですよ。」
先生もコーヒーを飲む。たった百五十円のコンビニコーヒーやのに、
芝生の上で飲むと、なんか妙にうまい。
「これ、同じコーヒーでも味変わるな。」
「変わりますよ。場所って調味料なんで。」
「また設計の話に戻したな。」
「戻します。だって、これが“ズラし”ですもん。」
博子が顎で指す。
「あっち見てください。椅子置いてあるとこ。
駅弁みたいにご飯買って、座って食べてる人いますやん。
仕事の合間っぽい人もおるし、散歩のママもおるし。みんな、外を求めてるんですよ。」
先生が頷きながら言う。
「確かに。鴨川みたいに寝そべってるおっさんはおらんけどな。」
「さすがに大阪駅前ですから。でも、それでも“外に出る余白”があるだけで、
だいぶ違うでしょ。人間の生活してる感じがする。」
先生は、少しだけ困ったみたいに笑った。
「家族おらんから、ママとか子どもの感じはあんま実感ないけど…。
でも、この場所がいい場所ってのは分かる。なんか、胸が落ち着く。」
「先生、正直でよろしい。」
博子は笑って、もう一口コーヒーを飲む。
「こういうの、仕事の中休みに五分でも挟めたら、切り替わりますよ。
カフェ行くより、たぶん効きます。金もかからんし。」
「本町でこれ出来たら最強やけどなぁ。」
「本町は…硬いですね。」
二人で笑って、少しだけ無言になる。
噴水の音と、人のざわざわが混ざって、ちょうどいいBGMになってた。
先生がふと聞く。
「でもさ。こういう時間、ヒロコさん忙しいんちゃう?最近。」
「忙しいですよ。」
即答してから、博子は肩をすくめる。
「でも、先生がいい子にしてたら、作れます。」
「急に上から目線やな。」
「褒め言葉です。火曜と木曜で、どっちか合わせてくれるなら、ランチとか散歩とか、
全然やれますよ。先生のためなら。」
先生の顔がちょっと緩む。
「僕だけ特別なんや。」
「特別です。先生、扱いやすいんで。」
「ひどい褒め方。」
「褒めてます。」
先生が真面目に言う。
「七月ボーナス入るんで、ちゃんとお願いしていいですか。」
「いいですよ。でもね。」
ヒロコは少し声を落とす。
「東京の社長たちみたいに、引くほどお金もらうとか、そういうのはいらないです。
私と先生の付き合いだし。バランスあるじゃないですか。」
先生はコーヒーを持ったまま、少しだけ目を細めた。
「なんか…余裕出てきたな。最初の博子さんと、ちょっと変わった。」
博子は笑って、噴水の方をちらっと見た。
「余裕ちゃいますよ。価値を見出してくれる人が、
東京から鬼のように押し寄せてきてるだけです。」
先生が吹き出す。
「言い方。」
「事実です。だから私も、ちょっとずつ“自分の値段”の扱い方、覚えてる途中なんです。」
先生は頷いて、芝生を見た。
「まあ、こういう場所でその話してる時点で、もう十分ズレててええわ。」
博子はカップの底を見て、空になりかけたコーヒーを揺らす。
「じゃ、そろそろ戻りますか。
先生、今日のこの芝生、“お品書き”に入れといてくださいね。」
「入れるわ。百五十円で整う時間、なかなかない。」
二人は立ち上がって、ゆっくり大阪駅の方へ歩き出した。
昼の梅田の騒がしさが戻ってきても、さっきの“余白”だけは、ちゃんと背中に残っていた。




