博子は電話を切ってから考える。博子の本命はお金ではなく、社長が自分と関わって変わる瞬間が面白い
博子は電話を切ってから、しばらくスマホを握ったまま天井を見ていた。
胸が高鳴ってるわけじゃない。けど、頭の中の歯車が「カチッ」と噛み合った感じがする。
流れとして――悪くない。うん、悪くない。
55は、正直うれしい。そらうれしい。でも、そこで全部取り切ったら、
次が薄くなる可能性がある。相手が「一回で満足した」側に回ったら終わりや。
だから、5万引く。あえて引く。“回収”じゃなくて、“続き”に回す。
それに、博子は分かっていた。あの社長は金額で気持ちが動いてるんちゃう。
自分が動いたこと――月曜に職場でお茶会みたいな時間を作ったこと。
あれが、本人にとって気持ち良かったんや。そこを自覚して、また動きたくなってる。
つまり、ヒロコが刺したのは「遊び」やなくて「行動」や。
だから、今回の5万は“返す”というより、“次の燃料を残す”やった。
「その分、次に使って」って言い方も、ちょうどええ。
社長のプライドも立つし、博子の価値も落ちへん。
しかも、次の口実ができる。
アルカちゃんとさきちゃんの社長も、ほんまは連れてきてほしい。
できたら、ちゃんと三人で来てほしい。でも、それを口に出したら急に野暮になる。
「紹介して」「連れてきて」って言った瞬間、価値が軽くなる。
欲しがった側が負ける。この手の層には特に、そういう空気がある。
だから博子は言わない。
“言わなくても、じわじわ寄せる”が正解や。
質問も、正直そこまで意味があるわけじゃない。奨学金だの福利厚生だの、
話としては面白い。けど、今回の本命はそこやない。
本音を言うと――社長が「次の日に行動が変わった」って話をしてきたのが、
博子は嬉しかった。人が変わる瞬間って、見てて気持ちいい。
そこに自分が少しでも関わってるなら、なおさらや。だから、もうちょっと揺さぶってやれ、
っていう。いたずら心。5万引いて、質問を一個投げる。
そしたら社長は絶対に、何か返してくる。返したくなるタイプや。
律儀で、ノリが良くて、しかも“気づき”に価値を感じてる。
釣り糸を垂らす。別に大物を釣るつもりで構えてるわけじゃない。
ただ、糸を垂らしておけば、会話のきっかけができる。
メールのきっかけができる。そういう“細い線”が一本あるだけで、次が作りやすくなる。
博子は枕元にスマホを置いて、深く息を吐いた。
体は疲れてるのに、頭だけが動いてしまう夜や。
来週は来週で、東京の幹事社長が三人連れてくる。
また団体戦。また座組。また反省会。
また、誰が刺さっただの、何が足りんだの、そういうやつ。
――ほんま、座組って大変やな。
そう思うのに、嫌になりきれない。
手応えがあるからや。この流れは、まだ続く。
続かせたい。ただ、そのためには、睡眠も“仕事”や。
ヒロコは布団に潜り込み、目を閉じた。
「とりあえず、寝よ。」
全部は今考えん。明日起きて、また整えたらええ。
日曜日は、そうやって終わっていった。




