博子との電話。話していて確信する。東京にはない逸材。手放したくない。余白の投げ方と座組のすごさ
東京駅から家までの道が、やけに早く感じた。
風呂に入って頭を冷やして、タオルで髪を拭きながら「55→50」のやり取りを見直して、
笑って、また笑って。そのまま社長は迷わず電話をかけた。
――プルル。
博子の方は、着信を見てすぐ取った。さっきまでLINEでやり取りしてたから、間が空く方が不自然や。
「もしもし。社長?」
「おう。今ええか。」
「ええですよ。ちょうど、今の流れやし。」
社長は笑い混じりに言う。
「今日はありがとうな。無事着いたで。」
「律儀に報告いただいて、ありがとうございます。お疲れさまです。」
一瞬、向こうの息が落ち着く音がした。
電話って、やっぱり空気が出る。文章より早いし、温度も残る。
「でな。」社長は少し真面目な声になる。
「ほんまに……良かったんか? 50で。」
「はは。そこですか。」
「いや、俺的にはやで。今日、気づきがめちゃくちゃ多かった。
前の鉄板と比べても遜色なかった。だからあの内訳にしたんやけど……」
「うん。そこは、素直に嬉しいです。いただけるもんは、いただきたいですし。」
博子は軽く笑って、声のトーンだけを柔らかくする。ただ、媚びる感じにはせえへん。
そこは崩さない。
「でもね。」
「うん?」
「社長、私にガチ恋っていうより……この“座組”に恋してる感じ、するんですよ。」
電話の向こうで「出た」と言わんばかりに、社長が吹き出す。
「はははは! それ言うか、普通。」
「言うでしょ。だって分かりやすいですもん。」
博子は続ける。
「だから、引いた5万は“次”に使ってくださいって意味なんです。
次来てもらう時の交通費でもいいし、こっちで遊ぶ足しでもいいし。
せっかく刺さったなら、途切れたらもったいないじゃないですか。」
「……いや、ほんま。」
社長は笑いを引きずりながら、しみじみ言う。
「そこまで考えてる20歳の女、こっちでも見いひんわ。ますます恋しくなるわ。」
「えー、でも社長。私のルックスにハマってる感じ、全然ないでしょ。」
「いや、ハマってるって。」
「嘘ついてるー。ハマってるのは“座組”でしょ。」
「……半分本気で、半分そっちやな。」
二人とも笑う。
でも、社長はその笑いの奥で、今日の余韻を握りしめてる。
声の軽さの裏に、手放したくない感情が透けていた。
「それで。」博子が話を戻す。
「奨学金のやつ、あれは別に難しい話したいわけじゃなくて。
最近、新卒採用取るの大変そうって聞くじゃないですか。
奨学金の返済肩代わりとか、家賃補助とかって、定着率とか離職率にも関わるし。
その流れとして、あるんかなって、ちょっと聞いてみただけです。」
社長は「なるほどな」と小さく唸った。
“雑談のフリして、次の話題を仕込んでる”。
さっき自分が笑った“話題を切らせない仕組み”が、またここでも発動してる。
「分かった。」
社長の声が一段低くなる。
「その辺、ちょっと調べとくわ。導入してる会社の例とか、
実際どれくらい効くんかとか。また連絡する。」
「お願いします。社長の言葉で聞けたら、一番リアルやし。」
「……ほんま、お前。切れるな。」
電話を切ったあと、社長はしばらくスマホを握ったまま動けんかった。
笑って、納得して、腹に落ちて。最後に残ったのは、静かな確信や。
“意図がある”――あの女の動きには、全部。
しかもそれが、押し付けじゃなくて、自然に刺さってくる。
仕事でも、遊びでも、結局こういう人間が一番怖い。
場を作って、空気を読んで、次の一手まで仕込んでくる。
社長は小さく息を吐き、苦笑いする。
「……手放したくないな。」
ルックスの話じゃない。派手な酒でもない。
あの“余白”の投げ方と、刺し方。
そこに、自分が明確にハマってしまっている。




