サキちゃんの代わりのフリーの子がシャンパン煽るからあわてて軌道修正。手際に税理士先生喜ぶ
場は和やかだった。黒霧島のグラスが静かに減っていき、税理士先生と保険会社の二人も、
最初の緊張が抜けてきた頃合い。仕事の話は半分、あとは近況や軽い世間話。
北新地らしい騒がしさはなく、落ち着いた空気が流れていた。
そこへ、ひとりフリーの女の子が入ってくる。
覚えがあった。以前、博子が別のフリー卓に入った時、一緒になった子だ。
明るくて、勢いがあって、悪い子ではない。ただ――シャンパンを「開ける側」の
空気を持っている。「お話、混ぜてください」
にこやかに言って席につき、ひと通り自己紹介を終えると、
案の定、間を置かずに切り出した。
「せっかくの花金ですし、シャンパンとか入れるの、いかがですか?」
悪びれた様子はない。むしろ、それが仕事だという顔をしている。
新人の子って、こういうイメージありますよね、と続ける言葉も、
たぶん彼女なりの善意だ。けれど、ヒロコは首を横に振った。
「私はね、先生たちと、今日はゆっくり飲みたいんです。
ボトルも嬉しいですけど、焼酎で、じっくり話せる方が好きで」
一瞬、場に小さな間ができる。フリーの子は、少し驚いたような顔をしてから、半笑いで言った。
「博子ちゃん、結構お堅いというか……地味目で行くのね」
その言葉に、博子は表情を変えなかった。ただ、そっと税理士先生の方に身を寄せ、耳打ちする。
「先生、もしよければなんですけど……
サキちゃんを指名で呼んでもらってもいいですか?
この場、もう少し落ち着いた空気で回したくて」
先生は一瞬考えてから、軽くうなずいた。
「そうやね。サキちゃん、ええ子やし」
博子は「ちょっとお手洗い行ってきますね」と席を立ち、そのまま黒服の元へ向かう。
「さっき入ったフリーの子なんですけど、シャンパンの流れを作りたがってて……
今日は延長も視野に入れてる卓なんで、空気読む子に替えてもらえたら助かります」
黒服は状況をすぐ理解したようで、小さくうなずく。
「サキ、次の時間指名あるよな?」
「はい、知ってます。なので、その後カバーできる子も一緒に調整してもらえると」
「了解」短いやり取りだったが、それで十分だった。
席に戻ると、税理士先生が自然に言った。
「じゃあ、さっきのサキちゃん、呼んでもらおうかな」
その一言で流れは決まった。フリーの女の子は、少しだけヒロコを睨むような目をしてから、
立ち上がる。「すみません、空気壊しちゃって……」そう言い残して去っていった。
嫌な顔をしていたのは、見なかったことにする。
代わりに入ってきたサキちゃんは、場の温度を一段下げるように、静かに座った。
グラスを合わせ、無理に煽らず、話を拾い、流す。
税理士先生が、ふっと笑って言う。「博子ちゃん、なかなか手堅いね」
「落ち着いて飲みたいんです。先生とも、こうやってゆっくり話したいですし」
「新地っぽくないなあ」「だから、いいんじゃないですか」
そう返すと、先生はグラスを置き、「それ言われたら……もう一セット、いこうか」
自然な延長だった。無理な煽りも、派手なボトルもない。ただ、居心地の良さだけで
時間が伸びる。その流れで、アルカちゃんにも場内が入る。
女の子たちの目配せが、静かに「ナイス」と言っていた。
博子は心の中で、そっと息をつく。派手じゃなくていい。
今日も、ちゃんと積み上げられた。また落ち着いた店、探しておきますね。
そう言うと、税理士先生は満足そうにうなずいた。
――こういう夜が、長く続けばいい。




