植物園での東京メイン社長と博子の会話。公園と不動産価格の話。今度美術館でモネあるけど来ます??(笑)
植物園の中を、二人でゆっくり歩く。
北山の空気って、街の中心と違って、音が丸い。車の音も、観光客のざわつきも薄い。
代わりに聞こえるのは、靴の音と、子どもの声と、鳥の鳴き声やった。
社長が、前を歩く親子連れを見て言う。
「……結構、子ども連れ多いね。」
ベビーカーを押してる夫婦、バギーでヨタヨタ歩くちっちゃい子、
芝生の端っこでしゃがみこんでる兄弟。“デート”っていうより、
“生活”がそのまま流れてる感じがする。
博子が頷く。
「多いですよ。安いし、散歩できるし、子どもも安心できるじゃないですか。」
社長が周りを見回す。
「確かに。ゴチャゴチャしてへんしな。」
「しかも、座るところ多いんです。晴れてたら、ほんまにちょうどいい“散歩の場”になる。」
ベンチが等間隔に置かれてて、日陰もある。休む場所がちゃんとあるって、地味やけど効く。
社長が、ふっと笑う。
「……なんかさ、こういう場所って“ちゃんとしてる”って感じするな。」
「そう、それなんですよ。」
博子は歩きながら言葉をつなぐ。
「北山って、派手な遊びは少ないんですけど、こういう“ちゃんとした余白”がある。
で、こういう余白がある街って、生活が落ち着くんですよ。」
社長が「余白、また出た」と笑いかけるけど、目は真面目やった。
ちゃんと聞く気になってる。
博子は続ける。
「遊べるところって、実は少ないじゃないですか。
東京で言うたら代々木公園とか、でかい公園が“公園”の代表みたいになってる。
でも、ああいう公園の近くって、意外と学区が良かったり、お受験校があったりするんですよ。」
社長が一瞬、足を止める。
「……公園と学区って繋がるんか?」
「繋がると思います。“子ども連れて行ける場所がある”って、
それだけで街の評価が下がりにくいんですよ。」
社長は眉を上げた。
「都会の不動産の話に入ったな。」
博子は笑う。
「すいません、クセです。」
でも、止めへん。社長が聞いてるのが分かるから。
「都会でも田舎でも、沿線の外れでも、“ちゃんと公園が整ってる地域”って、
教育に力入れてるって言われがちです。で、そういうところの不動産価格って、
案外下がってないこと多いんですよ。」
社長が、あきれ半分で笑う。
「ここで不動産の話するか、普通。」
「するんです。だって社長、こういう視点が“ブレスト”に効くタイプじゃないですか。」
社長が「やめろ、刺すな」と言いながら、笑いをこらえる。
博子は、北山の空気を指差すみたいに言う。
「北山って、値段だけで殴ってないのに、ちゃんと良い店が近くにある。
美味しいのに、法外じゃない。観光客にも荒らされてない。
みんな落ち着いて生活できる土台があるんですよね。」
社長は、さっきまでの“東京の社長”の顔じゃなくて、ちょっとだけ“生活者”の顔になってた。
「……なんか、腹に落ちるわ。」
「でしょ。こういう“入り口”から考えると、物の見方が変わるんです。
ロジックで詰めるのとは別のルートで、考えが動き出す。」
社長が、口の端を上げる。
「だから、お前のやつはコンサルや言われるんやな。」
博子は軽く肩をすくめた。
「コンサルって言葉、あんま好きじゃないですけどね。でも、
“気づきの導線”って意味なら、そうかもしれない。」
しばらく歩いて、温室の方を眺める。社長が、ちょっと照れたみたいに言う。
「俺さ、こういう場所…自分から来ようと思ったことないわ。」
「だから今、来れてるんで、勝ちです。」
「勝ち負け好きやな…」
「好きです。続くから。」
社長がまた笑って、歩く速度を合わせてくる。
博子は、ふと思い出したみたいに言った。
「そうそう。今度、京都の…現代美術館?っていうか、モネやってるらしいじゃないですか。
興味あったら、来ます?」
社長が目を丸くする。
「お前、そんなんも追ってんの?」
「追ってるというか、話の種ですね。
東京でも多分やってると思いますけど…巨匠のやつは、やっぱ本物見た方が楽しいですよ。」
社長が「巨匠とか言い出した」と笑う。
博子は真顔で続ける。
「私、雪舟の水墨画、見に行ったことあるんですけど。あれ、ほんまに物が違いました。
“線”だけで、空気まで描いてるんですよ。見た瞬間、うわ…ってなりました。」
社長の顔が変わった。ちょっと引き気味というか、感心というか、理解が追いつかん時の顔。
「……お前、どこまで奥行きあんねん。」
博子が笑う。
「奥行きっていうか、拾い集めてるだけです。
使えるとこだけ、ポケットに入れてる。」
社長が、植物園の並木を見上げながら言った。
「文化庁も京都来てるって聞いたけど、そういうのって…やっぱ空気が違うんやな。」
「違いますね。京都は文化を“生活の一部”にしてる感じあります。
だから派手じゃないけど、じわじわ効く。」
社長は、しばらく黙って歩いて、最後にぽつっと言った。
「…俺、今日また一個、ズレたわ。」
博子は、そこで初めて声を落として言う。
「ズレたら勝ちです。社長、ズレるの上手いから。」
社長が吹き出した。
「お前、ほんま…人の転がし方うまいな。」
「転がしてないです。歩いてるだけです。植物園ですから。」
そう言いながら、博子はベンチの方に視線を向けた。
社長の歩幅も、呼吸も、さっきより少しだけ柔らかくなってる。
その変化を見て、内心で小さくガッツポーズしていた。




